山階武彦助成事業活動レポート

2024年4月3日更新

令和6年度の応募はしめきりました。

令和4年度助成

アラスカ州ミドルトン島におけるウトウとエトピリカの行動生態調査

筑波大学大学院 生命地球科学研究群 生物学学位プログラム 中嶋千夏

ミドルトン島はアラスカ湾に浮かぶ小さな無人島で、9種の海鳥類が繁殖しています。島内で同所的に繁殖する海鳥類は、どのように共存しているのでしょうか。餌動物の違いや、時空間的な採餌場所の隔離などにより棲み分けをしていると考えられますが、詳しくはわかっていません。そこで私は近縁種であるウトウ(写真1)とエトピリカ(写真2)の2種を対象に、同所性海鳥の棲み分けに関する疑問を明らかにするため、バイオロギング手法を使って行動生態調査を行いました。バイオロギング手法とは、動物の体に記録計を装着して行動を追跡する、比較的新しい技術です。これにより、観察のみでは得られない、より詳細な行動データを得ることができます。

ミドルトン島のウトウ

写真1 ミドルトン島のウトウ(写真提供: Kyle Elliott氏)

ミドルトン島のエトピリカ

写真2 ミドルトン島のエトピリカ(写真提供: Kyle Elliott氏)

ミドルトン島での野外調査

私は2022年4月から7月の約3ヶ月にわたりミドルトン島に滞在して、野外調査を実施しました(写真3)。米国、カナダ、フランス、イタリアから研究者や学生たちが訪れており、共同生活を通して交流を深めることができました(写真4)。また野外での作業も共同で行い、自身の調査技術をより向上させることができました。さらに、滞在中に得られたデータや、今まで進めてきた研究について研究者の方々と議論ができたため、野外調査のデータ以上の成果を得て帰国することができました。ウトウとエトピリカの繁殖状況の確認には、毎日フィールドに出る必要があり、調査は常に鳥を中心にまわるので、約3ヶ月間の滞在中には大雨の中で作業することもありました。そのため、予測していなかった計画変更や思わぬ失敗はありましたが、多くの人に助けていただき、貴重かつ有用なデータを得ることができました。研究のネットワークを海外で広げられたことも、私の研究生活において非常に有意義であったと感じています。

ミドルトン島は多様な海鳥類の繁殖地

写真3 ミドルトン島は多様な海鳥類の繁殖地

アラスカ本土から小型飛行機に乗ってミドルトン島に到着

写真4 アラスカ本土から小型飛行機に乗ってミドルトン島に到着

今後の研究に向けて

世界的に個体数が減少している海鳥類では陸上における繁殖行動だけではなく、海上でどのような行動をしているのか、どこまで移動しているのかについても詳しく調べることは、生物の保全を行っていくうえでとても重要です。バイオロギング手法を用いた調査は、その点で有用です。今後も、ミドルトン島調査で得た調査技術と知識をおおいに活用して、海鳥類の行動生態学に関する研究を続けていく所存です。

これまでコロナ禍で延期されていた海外での野外調査を実施できたことは、感慨深いものでした。山階武彦助成事業のご支援を受け、調査に向かえたことに心より感謝申し上げます。

(文・写真 なかじま・ちなつ)

「山階鳥研NEWS」2024年3月1日(312号)より

令和3年度助成

北海道枝幸町におけるウミネコに対する侵略的外来種アライグマの影響調査

コグニザントジャパン株式会社 大槻正遼

日本で繁殖するカモメの仲間であるウミネコは近年個体数が減少しているといわれています。ウミネコの近年の個体数減少要因ははっきりとはわかっていないのですが、複数ある要因の1つとして外来種による捕食があげられています。私は、日本において特定外来生物であるアライグマがウミネコにおよぼす悪影響について研究していました。

繁殖成功率を下げているもの

本助成事業では修士1年次における2021年の春から夏にかけての約4ヶ月間、北海道枝幸(えさし)町 目梨泊(めなしどまり)のウミネコ営巣地において生態調査を行いました。

北海道北部のオホーツク海に面した本調査地では多い年でウミネコの繁殖数が約3,500巣になります(写真1)。アライグマは営巣地へ侵入し、ウミネコの雛を捕食することが既にわかっています(写真2)。営巣地では自動撮影カメラ調査やアライグマの糞採集を行いました。アライグマのウミネコ営巣地への侵入頻度と食性の季節変化およびそれに応じたウミネコの巣の減少を明らかにした結果を同年9月に開催された鳥学会大会にてポスター発表しました。オンライン開催ではありましたが、大変有益な質問や指摘をいただきました。

ウミネコ営巣地

写真1 枝幸町のウミネコ営巣地

ウミネコの雛を捕食するアライグマ

写真2 ウミネコの雛を捕食するアライグマ

修士2年次の2022年においても同様の期間、フィールド調査を行いました。在来種のキタキツネも含め、営巣地にやってくる2種の哺乳類捕食者がウミネコ親鳥の抱卵・ 抱雛(ほうすう)をどれだけ中断させているのかを調べるために自動撮影カメラ調査を行いました。親鳥の長時間の抱卵・抱雛中断にともなう弊害として、卵や雛が外気にさらされて生残率が低下するといわれています。調査結果を11月に北海道網走市にて開催された鳥学会大会にて発表しました(写真3)。

2022年鳥学会大会での口頭発表の様子

写真3 2022年鳥学会大会での口頭発表の様子

今日のデータは今日しかない

フィールドでは動物の動きや自然環境の変動に対して臨機応変に調査をデザインしなければならず、野生動物を対象として研究することの厳しさを学びました。

昨日あった卵が今日にはなくなっているかもしれない、今日のデータは今日しか取ることができない、といった厳しい条件の中で地道にデータを取得し続ける必要があることを身をもって知りました。また、6月に入っても寒さに凍えながら一晩中野外観察したことや数週間連続して空が晴れないことがあったりなど肉体的にも精神的にもつらく感じることがありました。そして苦労して取得したデータが必ずしも成果に結びつくわけではなく、なぜあの時あのデータを取らなかったのだと後悔したことも多々ありました。

しかし長期にわたって他の学生らと共同生活を送りながら根を詰めて調査できたことは自身にとって貴重な人生経験となりました。

本助成事業のご支援をいただき、心より感謝申し上げます。

(写真・文 おおつき・せいりょう)

(注)筆者の助成金申請時の肩書きは「早稲田大学人間科学研究科 修士課程2年」です。

「山階鳥研NEWS」2023年5月1日(307号)より

平成31年度助成

海棲哺乳類の国際会議に参加して

アニコム先進医療研究所 研究員 水野 米利子

山階武彦助成事業からご支援頂き、2019年12月にスペイン・バルセロナで開催された海棲(かいせい)哺乳類の国際会議 World Marine Mammal Conference Barcelona 2019(WMMC '19(写真2))で、博士課程最後の研究成果を発表しました。

ゼニガタアザラシの群れ

写真1 筆者が研究対象としているゼニガタアザラシの群れ。

WMMC19

写真2 国際会議表彰式。世界中から多くの研究者などが集まった。

私は、アザラシ類の地域毎での遺伝的な違いや、アザラシがどのように種分化してきたかを研究しています。私が研究対象とするゼニガタアザラシ(写真1)は、水中で餌となる魚類やタコを捕食する一方、休息、毛の生え変わる時期や子育ての時期、岩礁や砂浜に上陸する半水性の哺乳類です。ゼニガタアザラシが上陸する場所は季節により異なり、メスは安全に子育てをするため毎年同じ上陸場に戻ってきて出産、子育てをし、それ以外の時期は、採餌場に近い別の上陸場を利用すると考えられています。そこで私は、日本に生息するゼニガタアザラシの遺伝的特徴を季節間で比較し、その研究結果を会議で発表しました(写真3)。

国際会議でポスター発表

写真3 筆者と、発表したポスター。

今回参加した会議は、2年に1度行われる Society for Marine Mammalogy(SMM) と、毎年行われている European Cetacean Society(ECS)の共催でした。会議の主催者であるSMMは、海棲哺乳類の学会の中では最大であり、創設も1981年と古い一方、ECSはヨーロッパにおける鯨類(げいるい)研究に特化した学会です。そのため会議には、世界各国から海棲哺乳類研究の第一人者が多く集まり、プログラムには論文で目にしたことのある研究者の名が連なり、参加するにあたり身が引き締まる思いでした。2019年度は95カ国から2,731人の参加がありました。

海棲哺乳類の研究は比較的マイナーであり、その中でもアザラシとなると、研究者はさらに少なくなります。そのため、普段私が参加する国内の学会では、研究対象が同じ方と議論できる機会はほとんどありませんでした。しかし、今回国際会議で発表した際には、世界各国のアザラシの研究者から、発表内容や日本のアザラシについて質問を頂いたり、研究方法について議論できたりし、とても有意義な時間を過ごすことができました。また、日本でアザラシの研究を行うことや、それを国際会議で発表することの重要性を肌で感じることができました。

会議終了後には、サグラダファミリア(写真4)の見学はもちろんのこと、イギリス留学中に知り合った友人が、偶然バルセロナ動物園で働いていたため、動物園のバックヤードを見せてもらうことができました。

私が帰国してしばらくしてからコロナが報道され始め、現在は会議の開催はオンラインが主流となっています。オンラインの会議はその手軽さが魅力ですが、やはり直接研究者と会って、会話したいなと個人的には感じています。また海外の研究者と直接会える日が来るのを心待ちにしています。

サグラダファミリアの前で

写真4 サグラダファミリアの前で。

(写真・文 みずの・まりこ)

(注) 筆者の助成金申請時の肩書きは「東京農業大学大学院生物産業学研究科博士後期課程」です。

「山階鳥研NEWS」2021年5月1日(295号)より

平成30年度助成

欧州3カ国の洋上風力発電施設の視察と鳥類研究機関訪問

早稲田大学人間科学学術院 風間健太郎

洋上風力発電(以下、洋上風発)は、今後日本において陸上風発に代わり主要な自然エネルギーになるといわれています。洋上風発は他の発電施設に比べて経済や安全の面で様々な利点を有する一方、鳥と風車との衝突事故や鳥の生息地破壊など環境に悪影響を及ぼすことが指摘されています。私はこれまで国内において洋上風発の海鳥への影響について研究してきました。本助成事業では、2018年9月中旬からおよそ3週間にわたり洋上風発導入先進地域である欧州の様々な鳥類研究機関を訪問し、洋上風発の海鳥への影響について最新の情報を得てきました。

BTO本部

写真1 BTO本部での集合写真。幸運にもBTOのAndy Clements会長(左から3人目)と会談する機会も得た(筆者は右から3人目)。

合計3カ国の訪問先研究機関は多岐にわたりました。はじめに訪問したのはデンマーク コペンハーゲンにあるデンマーク鳥類協会でした。Mark Desholm 博士と面会し、海鳥への影響評価に関する最新知見に加え、洋上風発による景観改変の影響とその対策事例を紹介いただきました。次に訪れた英国ケンブリッジのBirdLife インターナショナルおよび王立鳥類保護協会(RSPB)の合同オフィス、およびセットフォードの英国鳥類学協会(BTO)本部(写真1)では、合計15名ほどの研究者から最新知見を紹介いただきました。とくにMartin Perrow 博士やAonghais Cook 博士とは最新のGPSトラッキング技術を用いた風車衝突リスクの評価手法や影響の事後モニタリングの重要性などについて、Triss Allinson 博士とは洋上風発導入における利害関係者間の合意形成のあり方について長時間議論できました。続いて訪れたスコットランド エディンバラのRSPBスコットランド本部、およびサーソーのノースハイランドカレッジでは、Elizabeth Masden 博士から海鳥に対する洋上風発の累積的影響()の評価手法について詳しく解説いただきました。

欧州では海鳥の繁殖状況や洋上分布について国土広域スケールで情報整備が進んでおり、地域や研究者間の連携も強いため多くの個体群を対象とした累積的影響の評価態勢も整いつつあるようでした。一方で、導入の初期段階では十分な環境影響評価が行われなかったために、建設後に影響が顕在化したことで環境保全団体と開発業者との間で数多くの訴訟があったこと、また環境影響評価をやり直した結果建設が中止になった例がいくつかあることなど、洋上風発の導入が全て上手くいったわけではないことも印象的でした。情報整備が進んでいない日本において、今後洋上風発を健全に推進するためには、影響評価の不確実性を考慮し、欧州よりも慎重に、予防的に運用することが重要であると感じました。

研究機関訪問の合間にはいくつかの洋上風発施設を視察しました。洋上に整然と並ぶ風車群の規模の大きさ(写真2)や間近で見る風車の大きさ(写真3)に圧倒されました。こうした風景を国内で目にする日はそう遠くはないのかもしれません。洋上風発導入に際し鳥類への影響が最大限軽減されることを願います。

ティーズサイド

ティーズサイド

写真2(上)英国ティーズサイドの沖合1.5kmに並ぶ洋上風車群。 写真3(下)英国スクロビーサンズの洋上風発。Perrow博士のボートから風車を間近で見学できた

(注)一つの風発施設だけでは大きな問題とされないものの、複数の施設が存在することで顕在化する相加的・相乗的な影響。個々の施設を対象とした評価だけでは検出が困難とされ、広域を対象とした評価が必要とされる。

(写真・文 かざま・けんたろう)

「山階鳥研NEWS」2020年3月1日(288号)より

※ 風間さんには『山階鳥研ニュース』2018年3月号でも風力発電について執筆いただきました。合わせてお読みください。→ 「風力発電が鳥類に及ぼす影響」

平成29年度助成

ポルトガルでの Behaviour 2017 に参加して

総合研究大学院大学先導科学研究科・客員研究員 加藤貴大

山階武彦助成事業を受けて、2017年の7月末にポルトガルのエストリルで開催された Behaviour 2017 で発表しました。この国際学会は、鳥類に限らず、生物一般を対象とした動物行動についての学会です。それでも、Behaviour 2017 では鳥類を対象とした研究がとても多い印象でした。

写真: Behaviour2017会場風景

写真1(右下)BTO本部での集合写真。幸運にもBTOのAndy Clements 会長(左から3人目)と会談する機会も得た(筆者は右から3人目)。 写真2(上)英国ティーズサイドの沖合1.5kmに並ぶ洋上風車群。 写真3(左)英国スクロビーサンズの洋上風発。Perrow 博士のボートから風車を間近で見学できた。

私は性差がもたらす帰結について研究しています。人間でも、男の子は体が弱くて手がかかる、と言いますが、オスがメスよりも脆弱(ぜいじゃく)であることが色々な生物で知られています。私は、スズメでは卵の中でオスがメスよりも死にやすいという現象に注目して、スズメのオスが死にやすい繁殖条件や生理的要因について発表しました。

開催地のポルトガル・エストリルはいわゆるリゾート地で、駅の出口とビーチが直結しているような場所です。大きいカジノもありました。会場周辺を散策してみると、イエスズメやドバトが目立ったものの、鳥自体は少ない印象でした。リゾート地ということで、自然環境に手を入れていたせいかもしれません。ポルトガルにもスペインスズメがいるということだったので探してみましたが、残念ながら出会うことはできませんでした。

学会の様子は、国内学会とは大きく違う点がありました。例えば、私はこの学会でポスター発表をする予定だったので、お守りとして英語の台本を作って臨みました。が、あまり役に立ちませんでした。というのも、最初から順番に内容を説明するということが少なかったからです。聞き手が突然「ここはどういうこと?」といった感じで質問することが多く、私が説明するというより、ずっと議論をしているようでした。研究の急所を突かれてしまうこともありましたが、「早く論文にしたら?」というコメントが多く、興味を持ってもらえたと前向きに受け取りました。

写真: Behaviour2017ポスター発表

ポスター発表での議論

動物行動学の学会なので、他の発表は鳥類の他に哺乳類から昆虫まで対象種は幅広く、特に認知系の研究が多い印象でした。例えば、実験的に課題設定をした場合、キリンの記憶は30秒程度維持されるという発表がありました。鳥類を扱った研究では、飼育下のイエスズメにおいて、2種類のどちらかの印をつけた餌台でのみ餌を食べるように訓練した集団に、訓練していない集団を混ぜると、新規集団は最初の集団が選ぶ印とは異なる印の餌台で採餌する傾向があったようです。真似するのではなく、競争を避けるために少数派を選ぶような判断をするのではないか、という研究でした。

日本からは京都大学や大阪市立大学の先生・学生が多い印象でした。初対面の方が多かったのですが、この大会を通じて研究に関する議論や今後の研究生活などについて情報交換できました。

最後に、山階武彦助成事業のご支援により、貴重な経験をすることができましたことを深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
(文 かとう・たかひろ)

「山階鳥研NEWS」2019年3月1日(282号)より

平成28年度助成

太平洋海鳥グループの国際会議に参加して

東海大学生物学部・講師 松井 晋

天売島のウミガラス保護の取り組みを世界に発信

山階武彦助成事業から助成をいただいて、2017年2月22〜25日にワシントン州タコマ(アメリカ北西部)で開催された太平洋海鳥グループ(Pacific Seabird Group) の国際会議で、天売島(てうりとう)のウミガラス集団繁殖地の回復に向けた取り組みを発表しました。

この会議は、(1) 情報交換を通して海鳥研究者 の質と量を向上させること、(2) 海鳥への脅威を評価し、政府機関等に個体群管理の専門的アドバイスを提供することを目的に毎年開催されています(今回の参加者は計275名)。

天売島では1963年にウミガラスが約8,000羽生息していましたが、餌資源の低下、流し網漁や刺し網漁による混獲(注)などが原因となって、1960~1990年代にかけて激減。1990年から地元住民がデコイを設置。2005年から環境省はウミガラスの声を大音量でスピーカーから流して、繁殖地にウミガラスを誘引しています。しかし、ウミガラスの集団営巣地にハシブトガラスやオオセグロカモメが頻繁に飛来して、卵やヒナを捕食したため、2008~2010年の巣立ち成功率は33%(12ペア)まで低下。巣立ちを確認できなかった年もありました。天売島の繁殖個体群の絶滅リスクが極めて高くなったことから、2011年からウミガラスの集団繁殖地の周辺で捕食者を駆除する取り組みがはじまりました。そして、この捕食者対策が実施されるようになってから、巣立ち成功率は77%(77ペア、2011~2016年)にまで向上しました。

デビルズスライドロックとウミガラスの写真

一度消滅したウミガラスの集団繁殖地を復活させることに成功したカリフォルニア州のデビルズ・スライド・ロック。天売島のウミガラスの保護活 動は、この成功例を参考に進められた。国際会議の後、2017年2月28日にマイクさんとジェリーさんに案内してもらった。

カリフォルニアのウミガラス保護活動の成功例

今回のアメリカ訪問で、会いたい人がいました。カリフォルニア州のデビルズ・スライド・ロックでウミガラス集団繁殖地の復活プロジェクトのリーダーを務めていたマイク・パーカーさんと、カリフォルニア州のウミガラスの保護プロジェクトの現在のリーダーであるジェリー・マッケスニーさんです。デビルズ・スライド・ロックでは、1982年に約2,900羽のウミガラスが繁殖していました。しかし刺し網による混獲や油流出事故の影響で、1986年には全く繁殖個体がみられなくなりました。そして1996年にデコイ・鏡・音声を使った誘引作戦がはじまります。開始当初は12羽しかいなかったウミガラスが、2005年には328羽にまで増加したことから、2006年にこの誘引作戦は終了。現在は3,000羽以上になっています。

マイクさんやジェリーさんは、天売島のウミガラスが増加傾向にあることをとても喜んでくれました。天売島の集団繁殖地の規模が数百羽に到達するにはまだ長い道のりですが、今後も数が増えて、捕食者対策で人が手助けしなくても、自分たちで捕食者から子供たちを防衛できるようになる日がくることを願っています。

ウミガラスとアオノドウ写真

デビルズ・スライド・ロックに集まるウミガラスとアオノドウ。ここではウミガラスは1月になると繁殖場所を確保するために、早朝に岩に上がる。現地を視察した2017年2月28日にはウミガラス483羽、アオノドウ367羽が岩の上で群れていた。


(文・写真 まつい・しん)

(注)混獲=漁業の網などに、漁獲対象以外の生物 が捕獲されること。

 

「山階鳥研NEWS」2017年9月1日(273号)より

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平成27年度助成

国際会議「北ユーラシアにおけるガンカモ類」に参加して

宮島沼水鳥・湿地センター 牛山克巳

マガン

今回の発表の対象種マガン(宮島沼で撮影)

山階武彦助成事業からのご支援を頂き、国際会議「北ユーラシアにおけるガンカモ類:研究、保全と持続的利用」に参加しました。会議は国際自然保護連合(IUCN)と国際湿地保全連合(Wetlands International)のガン類専門家グループの第17回会合と、北ユーラシアガンカモ類研究グループの第5回会合の共同開催で行われ、2015年11月30日から12月6日の会期で、ロシアの北極圏の町サレハルドに16カ国から120名の参加者が集まりました。

私はマガンの渡りの中継地としてラムサール条約に登録された北海道の宮島沼で専門員として働いていますが、渡り性水鳥の保全と持続可能な利用に関する国際的な枠組みである「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ()パートナーシップ」におけるガンカモ類ワーキンググループのコーディネータを務めさせていただいています。会議では、ワーキンググループによる東アジア・オーストラリア地域フライウェイ(EAAF)におけるガンカモ類の現状に関する特別セッションが設けられ、私はその中で「日本におけるマガンの個体数と渡り」と題し、近年のマガンの増加、渡りの変化、モニタリングの状況などについて発表しました。

国際会議会場の様子

会場の様子。外は零下30度でも室内は暑い。

マガンはかつて国内越冬数のほとんどが北海道の宮島沼を通過していましたが、個体数の増加に伴い、宮島沼を通過しない個体も多くなってきました。渡りの中継地が十勝やサロベツなど道内各地に分散したのは確かですが、北海道を通過せず、本州と大陸を直接行き来する個体も多くなっているものと考えられます。そこで、まずは北海道を通過するマガンの分布と数をきちんと把握しようと、多くの方々の協力でマガンの合同調査が始まりました。今回はその結果と、各地のモニタリングを支援しようと始まった無人航空機(UAV)によるマガンの自動カウントシステムについて紹介することができました。

会議ではカリガネやホシハジロなど希少な、あるいは急激な減少傾向にあるガンカモ類も多く取り上げられていました。いずれも国際的な協力のもとで適切な調査が行われ、保全管理策に結びついている必要があります。EAAFにおけるガンカモ類は、北米やヨーロッパなど他のフライウェイと比べると非常に情報が少なく、保全管理に必要な個体群動態などに関する知見が不足しています。ワーキンググループでは、EAAFにおけるガンカモ類の調査研究と保全管理に関する国内外の連携を推進していきたいと考えていますので、ぜひご協力をお願いいたします。

エクスカーション

ツンドラで生活するネネツを訪問したエクスカーション。

トナカイ

豪快に売られていたトナカイ。

それにしてもなぜわざわざ会議をロシアの辺境の地で行ったのか疑問でしたが、「真冬の北極圏に好き好んで来る人はいないだろうから」と何とも逆説的な(?)理由でした。サレハルド市街を一歩外に出るとそこは広大なツンドラ。会議終了後に行われたエクスカーションでは、巨大なタイヤの雪上車に乗り込んでネネツ人の伝統住居を訪問し、トナカイのそりに乗ったり、伝統的な歩くスキーを体験したり、様々な冬の遊び(熊のような現地の方と力比べ!)をしました。ただ、残念なことに風景は冬の北海道の原野とそう変わらず、雪を掘ってミズゴケを確認してようやくツンドラと実感しました。せっかくならやはり夏に来たかったと主催者を少し恨んだりしましたが、いい経験となりました。
(文・写真 うしやま・かつみ)

(注)渡り鳥の渡りルートを地域レベルで包括的にくくったものがフライウェイで、世界で9つのフライウェイが認識されています。日本はアラスカ、北東アジア、東南アジア、オーストラリア・ニュージーランドにまたがる東アジア・オーストラリア地域フライウェイの中央部に位置しています。

 

「山階鳥研NEWS」2017年3月1日(270号)より

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平成26年度助成

アメリカ鳥学会大会に参加して

立教大学理学部 笠原里恵

2014年9月、山階武彦助成事業から助成をいただいて私が参加したのは、アメリカの鳥学会、AOU・COS・SCOの合同大会でした(図1)。会場はロッキーマウンテン国立公園の東ゲートシティーであるエステスパーク。AOU(American Ornithologistsʼ Union)、COS(Cooper Ornithological Society)、SCO(Society of Canadian Ornithologists)から約800人が参加し、口頭発表は530題、ポスター発表は126題で、そのテーマは自然エネルギー施設が鳥類に及ぼす影響から翼の形態学まで非常に多様でした。


図1. 大会会場の様子(上)と参加した大会のロゴ(下)。会場の標高は2000m 以上で、やや空気が薄かった・・・

私の研究テーマは河川です。水辺に生息する鳥類の環境選択や食物網の研究を通して、河川生態系の構造や機能に理解を深め、地域の特徴を生かした流域環境と生物多様性の維持・回復に貢献できる提案ができればと思っています。今回の発表では、河川の砂礫地で繁殖するイカルチドリとコチドリの分布と営巣環境について、千曲川、多摩川および鬼怒川の3つの河川で調査した結果をポスターで発表しました。対象としたチドリ類2種は砂礫地に営巣しますが(図2)、砂礫地を構成する砂礫の大きさは河川ごとに異なります。過去の砂利採取や河道掘削などにより砂礫地が減少してきている中で、2種の営巣環境の選好性を複数の河川で把握することは、地域的な特徴をとらえた効果的な砂礫地再生に貢献できる可能性があります。今回、3つの河川で上流から下流まで約48km〜68kmを調査した結果、2種がそれぞれに好む砂礫の大きさの範囲が見えてきました。それは、それぞれの河川の砂礫構成を反映しつつも、3河川でおおよそ似ていること、そして各河川での2種の分布は、それぞれの種が好む砂礫の大きさの分布を反映している可能性が示唆されました。

図2. 調査対象のイカルチドリとコチドリの巣と営巣環境。赤い矢印は巣の位置を示している。2 種の好む砂礫の大きさを考慮した砂礫地の管理が今後重要になってくるかもしれない。

2時間のポスター発表の間、多くの方と研究の話で盛り上がりました(コロラド名産のビールがふるまわれていたのですが、手を付ける余裕はほぼありませんでした・・・)。例えば、生息に好ましい砂礫地の維持について。私が調査を行った河川では、チドリ類が好む、植物のまばらな露出した砂礫地の形成には秋の台風などによる増水が重要ですが、アメリカの某河川では、雪解け水が土砂を下流まで運ぶことが水鳥の生息地や採食場所を形成するうえで非常に重要だということでした。地域の気候や地形、生物季節など、河川の生き物の生息場所について考慮すべき点を多くの方と議論できたことは、自身の今後の河川での研究や自然再生を考えるうえで非常に有益でした。今回、貴重な機会を与えてくださった貴助成事業に心から感謝申し上げます。
(文・写真 かさはら・さとえ)

「山階鳥研NEWS」2015年11月1日(262号)より

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平成25年度助成

国際生態学会議に参加して

東京大学大学院 農学生命科学研究科 生態環境調査室 松葉史紗子


写真1:会場入口「INTECOL 2013ロンドンへようこそ」の掲示。英国生態学会100周年にあたり、2000人にも及ぶ生態学関係者が一堂に会した。
私は鳥類相が貧弱とされる東京や神奈川、千葉の市街地で、どのように鳥類の生息地を保全したらよいのかを研究しています。調査の時期になると、街なかの公園や社寺林を巡って1日十数キロを歩き、鳥類の分布を調べています。今回、山階武彦助成事業からのご支援を頂き、2013年8月に開催された国際生態学会議 International Congress of Ecology 第11回大会(写真1)で、これまでの研究成果をポスター形式で発表しました。


大会の大きさを反映してか、発表数も非常に多く、どの発表を聴くかを決めるのにも困難を極めました。魅力的な発表に圧倒されつつも、聴講後には発表者に自分の発表を聴きに来てくれるように頼む、という半ば強引な勧誘をし、そんな根回しが功を奏してか、自身の発表では来聴者との議論で有意義な時間を過ごすことができました(写真2)。発表では東京に整備された帯状緑地の鳥類相に与える影響を報告しました(図1)。帯状緑地は生息地を接続さえすればよいのではなく、利用する種が好む植生環境を整備することが重要で、林床植生を好む種に対しては、高木層のみの帯状緑地は不十分であることがわかりました。生物相が貧弱な都市を対象とした研究に興味を持ってもらえるのか不安がありましたが、都市と同様に人間が介在する農村域や開発途上地域で研究する方から研究成果へのポジティブな反応を得たり、東京で鳥類相が想像以上に豊かなことに来聴者から驚きの声を聞けたことは嬉しかったです。世界有数の大都市である東京は、良くも悪くも注目を集めやすく、東京が将来どのような都市になりえるのか、生態学的な側面から今後も発信していく必要性を感じました。

図1:街路樹といった帯状の緑地によって接続された樹林地間(A)では,孤立した樹林地(B)よりも(森林性)鳥類の移動が活発になり、絶滅リスクが低減する。接続された生息地はエコロジカルネットワークとも呼ばれる。都市に残存する樹林地を接続することで、生息地の機能が高まると期待されている。

基調講演をはじめパネルディスカッションや口頭発表でそうそうたる演者の話を直接聞く機会に恵まれたことも、本大会の醍醐味の一つでした。内容はもちろんですが、Illka Hanski氏が、その講演のはじめに、自分は英語が母語ではないのでゆっくり話します、と告げていたのは印象的でした。大会は様々な地域からの研究者と交流する場となりましたが、それは「多様な英語」に触れるまたとない機会でもありました。英語を母語としない人たちが素晴らしい研究を牽引している姿を目の当たりにして、科学コミュニケーションにおける英語の多様性を体感するとともに、身が引き締まる思いでした。

写真2:ポスターセッション(自分の研究内容を1枚のポスターで紹介する)で来聴者(左)と議論し、名刺交換をする筆者。

他の研究に触れたことや来聴者との対話から、自分の研究の意義をより俯瞰的に捉えられるようになりました。また、他の研究者から受けた刺激や、彼らとのつながりはなにものにも代えがたく、研究への大きな糧となりました。今後の研究を通じて還元していきたいと思います。本機会を与えてくださった貴助成事業に感謝申し上げます。
(文・写真 まつば・みさこ)

「山階鳥研NEWS」2014年3月1日(252号)より

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