Q&Aコーナー

2019年5月13日掲載

保護飼育したスズメの放鳥について

はじめに

2018年3月、芸能人の方がヒナの時に保護して飼育していたスズメについて、住所地の東京都から、違法なので放鳥するよう要請されたという事案が、マスメディアやインターネット上で話題になりました。この時、山階鳥研にも一般の方から、保護した鳥を行政が放鳥させることの妥当性について、命を落とす確率が高いのならば放鳥するのは妥当でないのではないかというご意見を頂戴しました。鳥類を専門に研究している立場からの意見を聞きたいというご希望です。この方は東京都知事宛にも意見を送られたそうです。

広報担当では、このことはうやむやにすべきことではなく、野生動物の保護、生物多様性保全がどういう現状認識のもとでどういう考えで進められているかについて理解していただくことがきわめて重要なことと考えましたので、この点についてやや長文の返信をお送りしました。そうしたところ、幸い、丁寧に書いてもらったおかげで、説明してほしかったことが説明してもらえたと感じ、ありがたかったとのご返事を頂戴することができました。そして、ご自身が読むだけでなく,多くの人にも読んでほしい内容だと思うというお言葉をいただきました。

そこで、この回答文が多少なりとも野生動物の保護や生物多様性の保全についての多くの皆様に理解を深めていだだく助けになればと考え、1年の時間が経ってしまいましたが、スズメの繁殖期を迎えた機会に、回答の全文をインターネットで公開することとしました。お問い合わせいただいた方からも公開について快諾いただきました。公開にあたり、本文には手を入れず、お問い合わせいただいた方のお名前は伏せた上、いくつかの点について注を付しました(2019年5月記)。

2018年3月23日

○○○○様

山階鳥類研究所広報担当の平岡です。返信が遅くなり申しわけありません。お問い合わせのメール拝読しました。

山階鳥研は、法律や行政の専門家ではなく、基本的に鳥類の生物学の研究に取り組んでいる組織ですので、法律や行政のことについては必ずしも専門的な見識があるものではないことをまずご承知おきください。

お尋ねのメールはタイトルを「保護された野鳥の扱いが都道府県で違っている件について」とされていますが、メールを拝読して、いちばんご関心をお持ちの点は、保護した鳥を行政が放鳥させることの妥当性について、命を落とす確率が高いのならば放鳥するのは妥当でないのではないかという点と理解しました。ですのでその点を中心に私なりに書かせていただきます。

この点について考えるには、まず、人に世話されることなく野生で巣立ったヒナがどのぐらい無事に生き延びるかについて知っておく必要があると思います。スズメについてぱっと出てくる資料が手元にないのですが、ヨーロッパでシジュウカラについて、足環で個体識別した調査データをもとに推定された数字では、ある年に巣立ったヒナが翌年まで生き残る率は約14パーセントだそうです(「鳥類の生活」紀伊國屋書店)。いっぽう、いったん大人になって繁殖期を迎えた鳥が翌年の繁殖期まで生き残る率は約48パーセントとはね上がります。スズメについても体の大きさがまずまず似たようなものですから、おおむね似たような生存率になると思います。そうだとすると、野生の巣立ちヒナが10羽いたとして、翌年まで生き残るのはやっと1羽あまりということになります。いったん大人になれば翌年まで生き残るのは2羽に1羽程度になるわけですね。

考えてみればこれは当然で、スズメは多少の波はあるものの数はおおむね一定を保っており、年々どんどん増えていったりはしません(スズメは年に1~3回繁殖し、1回に4~8羽のヒナを孵しますので、ひとつがいから年間に4~20羽ほどのヒナが出ることになります)。このことから、巣立ったヒナのうちの相当数が命を落としているのは想像できます。当のスズメも、ヒナには昆虫を与えますので、餌としてたくさんの昆虫の命を奪って生活しており、スズメ以外にも昆虫を食べる鳥がいることも手伝って、昆虫があたり一帯にあふれることもなくおおむね一定の数が保たれています。昆虫にみんな天寿を全うさせようとすればスズメは生きてゆけないわけです。さらにスズメも他の生き物の餌になっていますから、スズメがみんな天寿をまっとうするような状況が実現すればスズメがあたりにあふれてしまう一方、スズメを餌にしているタカやイタチが生きてゆけません。その意味では昆虫もスズメもその他のあらゆる生き物も、ほとんどが天寿を全うせずに命を落とすことで自然界のバランスが保たれてうまく回っていっているわけです。

今回の事例で東京都の担当者がどのような言葉で説明されたか私は存じませんが(十分丁寧な説明をなさったかも知れません)、メディアが伝えている「法律だから」とか「生態系のため」という言葉は、それ以上の議論を封じる、「問答無用」というメッセージを伝える効果しかなく、明らかに説明不足と感じます。実際にはまさに上で説明したとおり、「環境保全、鳥獣保護の仕事は、野生の生物が、自然の中で互いに命を落とし合いながら、それでも、どの種も絶滅しない仕組み(=その仕組みが生態系ということです)を守る目的で行っている。法律や行政もそのために動いている」というところまで噛み砕いて説明しないと多くの方にわかっていただけないと感じます()。

そして数が極端に減ってしまった、たとえばヤンバルクイナやシマフクロウについては、傷ついたり具合が悪くなったりして収容された個体がいれば、これをなんとか回復させようと関係者は懸命に努力するわけですが、それは一個体の死によって当該の種の絶滅に一歩近づくという緊急性の認識から、極端な言い方をすればやむなく行っているもので、個体が死なないことは環境保全や鳥類保護の最終目標ではないことは理解しなければいけません。むしろこういった絶滅危惧種についても、自然な原因での死亡が起きても大騒ぎしないでもかまわない状態に早く戻そうと関係者は努力しているのです。

スズメのヒナであっても命を尊重したい、目の前に巣から落ちてしまったヒナがいればなんとか助けてやりたい、と思う方のお気持ちはもちろん人間として当然の感情ですし、尊敬に値するものです。私もその考えに賛成します。しかし、ここまで述べてきたような事情を考えると、たまたま救護したヒナが、その後、一見して五体満足に育った場合に、飼育の継続についてあまり強硬に主張するのは、多くの方の賛成を得られない可能性があることは理解しておく必要があると思います。

もちろん、当該の個体が放鳥できるかの判断をすることは必要でしょう(たとえば明らかに翼に故障がある個体を放せとはどなたもおっしゃらないでしょう)。今回の個体について獣医師の方が、この個体は野生では生きてゆけないと判断されたそうですが、獣医師さんがおっしゃったことの妥当性は、当該個体を見ておりませんので私にはわかりません。ただ一般論として言えば、翼や足が折れているとか、明らかに左右の翼の動きが均等でないといった目に見えた異常がなくて、少なくとも室内では自由に活動している場合、私自身は、個体の状況を見ながら放鳥の方向を探るという判断は支持するしかないだろうと思っています(保温の必要性についても、当該の個体の状況を知りませんので何ともいえませんが、一般論として言えば、仮に現在保温を受けていたとしても、暖かい季節を選んで放せば、その後季節が進んで寒くなっても順応するだろうと思います)。

東京都の鳥獣保護の部署での、保護飼育された鳥の放鳥の実際については、具体的な現場でのさまざまの事情を勘案して決められていることと思いますので、断片的な情報から論評するのは控えたいと思います。仮に私自身が、こういった室内で保護飼育してきた鳥の放鳥についてアドバイスを求められた場合、一般論としては、室内で放し飼いにしたまま、窓を開けて自由に出入りできるように飼育を続け、徐々に野外にならして、最後は昼夜ともに野外で過ごさせるなど、ある程度の移行期間を置いて野外に戻すことを試すようにアドバイスすると思います。その途中でいなくなれば、その時点で放鳥が終了したという理解をするわけです。

こういった対応は可哀相と思われるかもしれません。しかしすでに述べたように自然界の仕組みとはそういうもので、野外で生きているあらゆる生き物のめんどうを人間が見続けることはできません。そして、人間に飼育されていれば餌にも困らず、外敵にも襲われないというのはそのとおりですが、そのように仲間のスズメから隔絶されて、1羽で部屋の中で暮らしているのが野鳥のスズメ本来の生活なのかということもあるわけです。

人間として「情」を忘れないことは大きな美徳であり、大切なことです。私もそのことを大切にする方を尊敬します。傷病鳥の救護をする理由は、「見過ごすのには忍びない」という人道的、あるいはお子さんたちへの教育上の配慮という側面があると思います(もちろん「窓ガラス衝突や交通事故、開発や環境汚染物質の放出など人間活動によって自然状態より多くの鳥がけがをしたり体調を崩したりするから人間が助けなければいけない」とか「希少種の絶滅を防ぐことが必要」という保全上の側面もあります)。そういった点も含め、傷病鳥獣救護のために行政や民間でも枠組みが作られいろいろな方たちが活動されていることは大変尊敬すべきことだと思っています。その一方で、自然の仕組みを守る仕事については、理性に従って、筋道によってものごとを進めることが求められていることも忘れてはいけないと私は思います。私たちはこの、情と筋道の間にどこかで一線を引かなければいけないのです。基本は、野鳥は野外で自活しているのが本来の姿という点です。ありとあらゆることで情を優先して進めることはできないことを理解しなければいけません。社会的な影響力のある有名な方にも、ぜひこの点を理解していただき、社会的な発言についてもそのことを踏まえてしていただきたいと、環境保全、鳥類保護に従事する関係者一同は願っていることと私は思います。

以上、○○○○様のお問い合わせに十分にお答えできているか、自分が理解していることを抜けなどがなくバランスよく説明できているか、たいへん心もとないのですが、私なりに考えを述べさせていただきました。

平岡考 広報コミュニケーションディレクター

(注)ここではシンプルに書きましたが、生態系にはその地域のすべての生物のほか、水や空気といった非生物的環境も含まれます。また、「どの種も絶滅しない仕組み」と書きましたが、何百万年、何千万年という時間のスケールの中では新種が生まれると同時に、絶滅も起こります。しかし、人の一生の間のような短期的な時間のスケールの中ではどの種も絶滅しない仕組みが保たれているのです。

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