財団設立70周年記念シンポジウム

「鳥の魅力を追う人びと」

【主催】(公財)山階鳥類研究所【後援】朝日新聞社

2012年11月15日更新

2012年9月23日、有楽町朝日ホールで、山階芳麿賞贈呈式と受賞記念講演に続いて、財団設立70周年記念シンポジウム「鳥の魅力を追う人びと」を開催いたしました。概要をご報告します。
(山階鳥研NEWS2012年11月1日号より)

シンポジウム開催趣旨

司会・山階鳥研所長 林良博

「鳥の魅力を追う人びと」と題した財団設立70周年記念シンポジウムを進めてまいります。お手元の資料に掲載しています秋篠宮殿下の「財団設立70周年によせて」の第3段落目にありますように、鳥には非常に多様な魅力が存在いたします。それがどのようなものなのか。鳥に魅せられた4名の研究者が話題を提供し、今後の「鳥学(とりがく)」そして山階鳥類研究所の方向性を考える機会になればということで、このシンポジウムを開催することにいたしました。

シンポジウム

鳥と人のかかわりをつなぐ民俗知とその未来

総合地球環境学研究所名誉教授 秋道智彌

鳥と人との関係を考える一つめのアプローチは言語を媒介としたものですが、ニューギニアの高地のカラムという社会でヒクイドリは鳥ではないという世界観があります。ミクロネシアのサタワルという島では鳥のことを「マーン」といいますが、野生動物、家畜とか昆虫も「マーン」といいます。言葉の多義性が起こるのです。

マレーシアから太平洋まで、大きくオーストロネシアンという言語をしゃべる人々が鳥をどう呼ぶのかを言語学で、昔の言葉はどうなのかということを調べますと「マヌ」あるいは「マヌク」なのですが、「マヌク」は鳥全体ではなくて、ニワトリで、そこからほかの鳥の名前ができてきたという説が2002年に出されました。

儀礼や造形物の話と組み合わせますと、イースター島で、16世紀から19世紀の中葉まで、鳥人儀礼が行われていました。各部族の若者が沖の小島に渡って、ポリネシア語でマヌタラという鳥、文献によるとクロアジサシですが、これが営巣して初めて産んだ卵を持って帰ると、その若者の属する部族の一番偉い人は「鳥人」の称号を得て、1年間おこもりをして、そこで島を統治するという儀礼です。岩に彫った鳥人の造形を見ると顔が鳥、胴体は人間なのです。頭が人間で胴体が鳥という図もあります。

ソロモン諸島の西部のニュー・ジョージア島で使う網漁のうきに、鳥とも人間ともつかないようなものをかたどったものを使っています。その地域には、顎が突出した鳥のような人間のような木彫があります。

2番目の話題として、鳥は私たちにとって、時間や空間を認識する上で非常に重要でした。日本の俳句では春夏秋冬に応じて特定の鳥を使います。与謝蕪村の「水鳥や巨椋の舟に木綿売」は「水鳥」という冬の季語とともに、大阪の泉州木綿を商う行商人を詠んでいます。空間の認識の例として、さきほどのサタワルの航海術では、ある方向に行ったら特定の生物現象が現れるという知識があり、グンカンドリなどの鳥が出てきます。

最後に鳥の利用ですが、ボルネオの先住民の女性はサイチョウの尾羽を持って踊ります。またニューギニアでは、アカカザリフウチョウの飾り羽を男性の踊りで使いました。鵜飼は、中国では雲南省の大理(ターリー)の白(ペー)族自治州や、広西チワン族の漓江(りこう)などで、昼間、鵜縄をつけずにやる鵜飼いが行われます。ニワトリの占いですが、雲南省の漢タイ族は肉を食べてから、大腿骨を使って竹ひごを刺して、あることをするのがよいかどうかを刺した竹ひごの向きで決めます。闘鶏も、いろいろな問題が指摘されています。「残酷である」ということと動物愛護の点から問題だということがありますが、中国の西双版納(シーサンパンナ)では蹴爪は全部包帯で巻いて、相手を殺すまでゆきませんが、フィリピンやベトナムでは剣をつけて相手が死ぬまでやります。そういうかかわりも、詳しく調べたらいろいろな問題が出てきます。

江戸時代の前期、タカ狩りが行われており、野鳥も捕ってはいけないということから、農民は野鳥に稲を食べられる弱い立場でした。ところが綱吉の代のころ、イヌの肉をタカの餌にすることが禁止されるようになって、タカ狩りが禁止あるいは衰退するようになりました。このように時代の変化も非常に重要だろうということがあります。

人と鳥のかかわりは非常に多様で消費か非消費か、あるいは有益か有害かという視点もあり、生物多様性の点から絶滅危惧といわれている鳥が、文化多様性の上から、食べてはいけないのかというような議論が、私たち文化を研究している人間からしますと非常に重要な考え方であると思っています。

秋篠宮殿下もご提唱されたことで、鳥類学ではなくて鳥学であるということで、人文社会と自然科学を融合したような分野で、今後、日本人は鳥とどうやって付き合っていくのかということを、さまざまな知識を総動員して、みんなで共通の会話の場を持って考えていこうではないかというふうに考えております。

鳥類標識調査情報の保全生物学的研究への活用

山階鳥研保全研究室研究員 出口智広

鳥類標識調査は、カスミ網などで鳥を安全に捕獲し、金属製やプラスチック製の個体識別用の足環などの標識をつけて、速やかに鳥を放す手法です。この調査の結果として、戦争での中断から再開した1961年から累計すると、計500万件という膨大な数の情報が研究所に集まっています。

調査目的は、当初は再捕獲による標識個体の移動分散の解明でした。そのため、全国各地の調査および協力調査員の養成が盛んに行われてきました。また渡り鳥の移動分散の解明のために、近隣諸国での調査や調査員の養成が大事になります。そのため、1990年代にはアジアを中心に精力的に海外での調査を行いました。

現在は、移動分散の解明だけではなく、個体群動態モニタリングのほか、形態学上、分類学上、生理学上の情報収集も目的となって実施されています。また、長期間のデータが蓄積されたことで、全国スケールでの鳥類の個体数の変化や渡り時期の変化も報告されるようになりました。

現在は発信器も標識として利用されています。発信器は再捕獲なしに情報を連続的に得ることができ、また衛星通信式の発信器を使うことによって、世界中のどこに対象個体がいても、居場所を特定することができるようになりました。

このようにさまざまな情報が得られる標識調査情報には、保全生物学の分野からの需要が非常に高まっています。保全生物学とはひとことで言えば生物多様性の保全に取り組む学問です。生物多様性は、遺伝的な多様性、種の多様性、生態的な多様性の三つのレベルに分けることができます。

種の多様性の保全の活動の主なものは絶滅危惧種の保全です。そのために、個体数の変化の現状を把握し、生まれてから死ぬまでのどこに個体数の増加を妨げる要因があるのかを知る必要があります。そのための方法として、繁殖期に一定の捕獲努力量で標識調査をすることで、個体群動態のパラメータ、すなわち加入率や繁殖成功率を推定することがあります。

遺伝的多様性のレベルでは、種の中に個体の交流が非常に乏しい小集団が含まれており、それぞれの個体群に含まれている遺伝子頻度の構成に差が生じていることがよくあります。遺伝的な多様性の保全は、このような遺伝子頻度の構成のバリエーションを維持することになります。標識調査情報がこの分野に貢献できることとしては、調査の際に遺伝子試料の収集解析を同時に行って、局所個体群を特定することが挙げられます。

保全を進める上で常に問題になるのはコストです。限られた予算で機能させるためには、保全の単位を小さくしすぎないことが大事になります。また、病気の伝播を考える上でも、管理単位を小さくしすぎないことは、やはり大事な考え方です。

生態系とは生物間相互作用の集合体を意味しています。生態系の保全は、現実的には重要な生息地を特定して、その場所を保全することになります。この分野で標識調査情報が貢献できることとしては、複数の種に発信器を装着して、利用頻度が集中する場所を特定することで、適切な保護区の設定に役立てるということが挙げられます。

山階鳥類研究所がこれまで行ってきた標識調査の努力配分の大半は現地調査と協力調査員の養成に充てられていました。しかし、今後は、自然環境の保全という強い社会的なニーズに応えるためにも、さまざまな要因が絡まり合った標識調査の情報から、個体群動態のパラメータのような適切な情報を抽出することと、保全は時間との勝負ですので、成果を速やかに公表することに私たちは努力配分を増やしていく必要があるだろうと考えています。

色彩の進化生物学 ー鳥類標本コレクションがもたらす新知見

山階鳥研自然誌研究室研究員 山崎剛史

鳥の色彩についての既往の研究例として、まずカロチノイドという赤とか黄色の色を出す色素が鳥類にどんな意味があるのかの研究があります。カロチノイドは鳥が体の中で合成することができず、必ず餌から摂らなければなりません。飼育下のメキシコマシコで餌のカロチノイドを操作する実験から、体の赤さは食べたカロチノイドの量に対応していることがわかりました。そしてメスはカロチノイドの色というごまかしのきかない栄養状態の指標に基づいてつがい相手を選んでいるらしいのです。

一方、メラニンについては、イエスズメの喉の黒いパッチの研究があります。カロチノイドと違ってメラニンは栄養状態の指標ではないようで、社会的地位の信号であるようです。

このように色彩の研究は多いのですが、これまでの研究はほとんど、1つの種を非常に詳しく見る研究で、多数の種を比較して、その進化を問う比較生物学的な研究はあまり行われていません。こういった研究が出てこない理由のひとつは多数の種について比較可能な色彩の定量データを得るコストが非常に高いせいだと思います。

昔の研究者が色の定量化のために作ったのは色見本の本でした。ですが、人間の目は基本的に三原色の世界です。目にはRGB(赤緑青)に対応する三つの色の波長に感度のある細胞がそれぞれあるのですが、鳥の場合は、その三つに加えてもう一つ、紫外線を感じる細胞があって、四原色の世界なわけです。色見本で色合わせしても、鳥には違って見えている可能性が非常に高いわけです。

それでどうするかというと、接触型のスペクトロメータという機械を使うことが多いのですが、この機械の問題は、測定できる範囲が非常に狭いことです。鳥の体全体を定量化するためには、際限なく測らないといけなくなる欠点があります。

私たちの色彩プロジェクトでは、接触型のスペクトロメータで得られるのと同等のデータを、鳥類の体全体に対して面として一挙に得る方法を開発できれば、鳥類の色彩進化の研究にきっとブレイクスルーをもたらすことができるだろうと考えました。こういったことは現代のリモートセンシングの技術を使えばできるのです。いろいろなバックグラウンドを持つ研究者を巻き込んだプロジェクトチームで、3年ほどの試行錯誤を経て、今年の春ついにシステムが完成しました。紫外光から可視光まで連続的に波長を変えることのできる光源と、紫外部にも感度があるような冷却CCDカメラを使って、波長ごとに白黒写真を撮って重ね合わせれば求めるデータができるという考え方の機材です。

現在2~3分ぐらいの撮影時間で、数十万ドット分の分光スペクトルデータが得られます。解析のソフトウエアも作っていて、数値データからいろいろな統計解析が可能になります。今後はこのシステムと研究所が持っている大量の鳥類標本を活用してデータの蓄積をどんどん進めていきたいと思っています。

近い将来、この研究所の色彩データベースシステムを使って、鳥類のカラフルさの意味を、いまよりももっと深く理解できるようになるに違いないと思っています。そのゴールを目指してプロジェクトチームの研究は今後も続いていくわけです。

完成された飛翔美

山階鳥研特任研究員・東京大学総合研究博物館教授 遠藤秀紀

「鳥の飛翔美」それは機能を独占した形です。鳥たるもののデザインは、1番、とにかく軽く、2番目に、ただし、強力な羽ばたきを要求します。

鳥の骨の重量は全体重の5%です。人間は全体重の20%ぐらいが骨の重さだといわれています。

鳥の体で大きいのは頭と胸と、実は足で、あとはどうでもいいような感じです。大きく見える頭で大きいのは目玉だけです。鳥は視覚で飛びますから、目だけは小さくできません。何より歯がなく、顎の筋肉すらも省略しています。

軽量化のために胸の部分の背骨が1個の骨になってしまいました。飛ぶための筋肉は台所の言葉でいうと、ササミで翼を振り上げて、胸肉で振り下ろすわけですが、ササミと胸肉両方あわせて全体重の25%を占めます。ほかのところは軽いのに、腕を引っ張る筋肉だけはものすごく重くつくられています。特殊化した、羽ばたくための装置になってしまっています。

手の先のほうも、指がどこにあるのか分からないような手羽先が出来上がっています。

鳥の本当の恐るべき策は羽毛です。鳥の前足つまり翼はプロペラと揚力を発生する主翼を同時に兼ね備えた構造です。飛行機では両者はあくまでも別ですが、それを一体化させているのです。揚力を稼ぐための、前進していれば墜落せずに常に浮いていられる構造を鳥の翼は実現しています。翼が非対称の形をしていることで、上向きに揚力が生じるのです。この構造を非対称な風切羽がつくっています。

鳥の羽毛は皮膚の派生物で、髪の毛のようなものです。皮膚から生みだされた高性能の揚力発生装置が風切羽なのです。

実は脊椎動物は、地球の歴史上で3回独立して翼をつくり出しています。鳥とコウモリと、中生代に飛んでいた爬虫類の中の翼竜です。コウモリは鳥と違って、風切羽を持っておらず、揚力発生装置が事実上ありません。ですから、手のひらと指を思いきり伸ばして、後ろ足まで動員した大きな翼をつくり、飛んでいる以上は常に羽ばたいているという、どちらかというとヘリコプターに近い乗り物なのです。だから、コウモリは着地したら、何もできなくなってしまうのです。翼竜もどうやって飛んでいたかよく分かりませんが、たぶん鳥ほどうまくはやっていなかったのじゃないかと思います。

鳥だけの大成功として、皮膚の派生物で揚力を得てしまいました。そのために、本格的な飛翔から開放された、飛ぶために使わなくていい後ろ足を持ち続けていることができたわけです。その結果、着地あるいは着水する、繁殖、捕食など、ライフスタイルに圧倒的な多様性を生むことができたのです。

実はこれを見た人間たちは、これを家禽化の要因として、知らず知らずのうちに受け取った可能性があります。東南アジアに棲むセキショクヤケイという鳥がニワトリの野生原種です。この鳥から、肉用のロードアイランドレッド、プリマスロック、闘鶏の軍鶏(しゃも)、容姿をめでる碁石矮鶏(ごいしちゃぼ)、蓑曳(みのひき)、良く鳴く小国(しょうこく)、鳴き声をめでる東天紅(とうてんこう)などがうまれました。

羽毛による飛翔と本格的な後肢、これらは、鳥が人間に愛される由縁につながっていると私は思います。鳥すなわち飛ぶものへ、われわれは深い敬意を持つようになります。家禽という形で、人間はこうした鳥に末長い親愛の情を示し続けているのではないかと思います。

総合討論

四人の演者の発表の後、客席からの発言もいただいて総合討論が行われました。

秋道 標識調査の話は、山階が国際連携のリーダーになっていただきたいという希望があります。色彩については、鳥から自然界全体を見通せるぐらいの視点を持っていただけたらと思っています。

遠藤 ものを集めて、昔だったら物差しを当てたりしたところですが、山崎さんは21世紀の頭脳を使って、色というものを人類共有の知的宝として議論していこうということを、全人類の先頭を切ってやっておられるというのが印象です。出口さんのほうは今度は観察して、理を打ち立ててゆくわけです。現物を持ってくる山﨑さんの手法と、観察をするという、出口さんの二つのパターンで、まさに自然界から知を得る、人類が手にしている二つの手法をないがしろにせずにしっかり築いているなと、非常に頼もしく思いました。

会場 標本は長期間のうちに色が褪せないのでしょうか。

山﨑 おっしゃるとおり、褪色しますので、できるだけ新しい標本を使うなどの方針でやっています。

会場 色彩の研究の方法を鳥以外の生き物にも使えるのでは。

山﨑 もちろんそのとおりですので、ぜひ、いろいろな資料を持っている博物館と共同でできれば考えています。

会場 出口さんは、これからは公表に力を入れたいということをおっしゃっていましたが。

出口 いま得たデータを解析することによって、例えば数が減っている鳥だとか増えている鳥は、なぜそうなっているかということを提言できるようなデータを、研究所から発信できればと思っています。また、衛星発信器のデータもたくさん集まっていますので、そういうものを解析することによって、日本のどのあたりが実際に海鳥にとって重要な海域なのかということを特定し、発信することを今後進めていきたいと思っております。

会場 私たちが美しいと思う色の美と、遠藤さんのおっしゃったような機能美はどのように関係するのでしょうか。

遠藤 機能美の話をしながら、形状の話になってしまったのですが、色のことも含んで考えてゆきたいと思います。

山﨑 模様の美しさというのは、やはり人間のほうが思うことで、彼ら自身にとってはだいぶ違うことのはずなんです。もしかすると、せっかく美しいというのを、例えばモテるためのことであるとか、かなり武骨な手でいじることにもなっていくのではという気もするのですが、そこが学術研究のおもしろさだと思っています。

 出口君のこの500万件の標識データをいかに活用していくか、そして山﨑君の7万点の標本をまたいかに活用していくか。山階鳥類研究所は70年の節目を迎えましたが、これからも今度の100年を目標にしながら、これまで以上にきちんとしたデータや標本を蓄積していく努力を続けてまいりたいと思います。

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