読み物コーナー

創立90周年記念企画

2022年11月16日掲載

国際ツル財団を気にかけてくださった山階博士

山階鳥研は、創立以来、鳥類に関するさまざまな研究分野や地域の海外研究者と交流してきました。ここでは国際ツル財団の共同創立者である、アメリカ合衆国のジョージ・アーチボルドさんに、山階芳麿博士と山階鳥研との関わりについて執筆していただきました。

山階鳥研ニュース」2022年11月号より

国際ツル財団 共同創立者
ジョージ・アーチボルド

写真:ジョージ・アーチボルド氏タンチョウの研究のために私が初めて日本の土を踏んだのは、1972年1月のことでした。それから間もなく、私は山階鳥類研究所を訪ねて、山階博士にお会いする栄誉に浴しました。標識研究室長の吉井正(まさし)さんに連れられて所長室に入り、何人かの人たちと博士を待ちました。山階博士が部屋に入ると、全員が起立し、博士が席に着くのを待って着席しました。山階博士は私に、自分の若い頃はツル類が東京近郊の湿地や原野で越冬していたものだとおっしゃいました。私は、コーネル大学鳥類学研究所で飼育下のツル類の行動学で博士研究を終わったばかりで、日本で野生のツル類を観察することを楽しみにしているのですと説明しました。山階博士は熱心に耳を傾けて、うまく行くとよいですねと言葉をかけてくださいました。

日本のツル関係者たちと調査した結果、越冬期の給餌場付近での、送電線への接触が、タンチョウの死亡原因の大きな割合を占めていることがわかりました。そして5月中旬に行った軽飛行機による繁殖状況の空中調査の結果、日本に生息するタンチョウのほとんどは、それまで考えられていたようにロシアで繁殖しているのではなくて、日本で繁殖するということがわかりました。半年後、山階博士が誘ってくださって、日本野鳥の会の中西悟堂会長の同行を得て、皇太子殿下(現在の上皇陛下)にお目にかかりました。

お会いして、このニュースをお伝えするとともに、友人であるコーネル大学の大学院生ロン・サウエイと私が抱いていた、世界中のツル類の研究と保護に携わる団体を、アメリカ合衆国で設立する夢についてお話ししたのです。

構想していた国際ツル財団(ICF)を、1973年3月にウィスコンシン州バラブーで設立してまもなく、大変名誉なことに山階博士は財団の理事に加わってくださいました。その年の7月、山階博士は、有能な秘書の岩田千代さんを伴ってICFを訪問されました。その頃私たちは、ロンの両親、ノーマン・サウエイ夫妻の農場に、世界のツル類全種を集めて飼育する、ツルの「種バンク」を作ることを考えていました。山階博士の来訪当時、私たちが飼育していたのは、4羽の年老いたタンチョウ、2羽の目の見えないマナヅル、そして2羽のカナダヅルの幼鳥だけでした。それにもかかわらず、山階博士は私たちの始めた仕事を見てすごいこととほめてくださり、完全な賛意を示してくださいました。

ICFで語り合う山階博士(中央)、ロン・サウエイ(右)と筆者(1973 年)

ICFで語り合う山階博士(中央)、ロン・サウエイ(右)と筆者(1973年)

写真:山階博士

ICF を訪問し、飼育されているツルに囲まれる山階博士(1977年、本文にあるよりツルの個体数が増えている。山階鳥研写真資料)

近所に住んでいた、有名な野生動物画家のオーウェン・J・グラミーさんはICFの誕生を喜び、北アメリカの絶滅危惧種、アメリカシロヅルのつがいが巣にいるすばらしい絵を描いてくれました。ICFの主要な支援者に、この「暁(あかつき)に敬礼」の、作者直筆のサインと連番の入ったプリントを差しあげたのですが、山階博士は受け取ったこの絵を、日本に持ち帰って山階鳥類研究所に飾ってくださったのです。

私は1974年に韓国で、非武装地帯とその付近で越冬するマナヅルとタンチョウを調査した際、4羽のトキを観察しました。トキは当時、日本にごく少数が残っているだけで大陸では絶滅したと考えられていたのです。1974年の晩冬、帰国途上に私は東京に立ち寄り、山階博士にこのニュースを伝えました。博士は皇居を見渡す高級レストランでごちそうしてくださいました。韓国での数ヶ月、韓国軍の兵士にまざって、魚の塩辛をおかずに冷えたご飯を食ベていましたので、博士と再会してのこの食事はとてもうれしいものでした。

1979年11月、初めての中国訪問のためにビザを得る必要があり、3週間東京で過ごしました。この時吉井さんは新潟県の福島潟にある鳥類標識ステーションでの調査に参加できるように段取りしてくれました。茂田良光、百瀬邦和、尾崎清明といった友人たちとの、調査研究と保全に関わる、現在まで続く交流と協力関係はこの時に始まっています。この3人とも1980年にICFに滞在し、このうち百瀬さんは北海道のタンチョウの保全を生涯の仕事とすることになり、尾崎さんは九州で越冬するマナヅルとナベヅルの渡りの調査で画期的な成果をあげました。

山階鳥類研究所で山階博士や研究者の方たちにお会いすることも、彼らがICFに訪れることも、いつでも楽しい体験でした。1995年に、山階鳥類研究所からの鳥類学者として紀宮清子内親王殿下がICFを訪問されたのは私たちにとってたいへん名誉なことでした。

鳥たちは、私たちが住む美しい惑星の生命の健康の指標です。世界のツル類の保全に生涯をかけて尽力してきた者として、山階鳥類研究所は、ツル類やその他の鳥類に関する健全な保全の実践のための、科学的な基礎を築いてきたという点で非常に優れたものがあると思います。

大学で仲の良い友人の何人かは日本人でした。また、私が最初に調査をおこなった外国は、1972年の日本で、私は日本に魅了されました。40年にわたって連れ添ってきた妻、恭子は日本人でした。そして半世紀にわたるICFでの仕事では、ずっと日本の仲間、特に山階鳥類研究所とタンチョウ保護研究グループの人たちと密接に交流してきました。日本でのタンチョウの個体数増加、そしてトキとコウノトリの復活を日本の仲間たちとともに喜ぶものです。

(写真提供・文 George Archibald/翻訳 平岡考)

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