読み物コーナー

2016年3月11日掲載

記録映画「鳥の道を越えて」は、古くは人々の暮らしに根付いていたが、現在は禁止されているカスミ網猟を取り上げ、現代の環境破壊や、伝統文化と現代社会など、さまざまな問題を見つめ直した作品として、第56回科学技術映像祭内閣総理大臣賞など数々の賞を受けました。初監督作品としてこの映画に取り組んだ今井友樹さんに、映画を作るきっかけや、作品に込めた鳥と自然に対する思いをお話しいただきました。

寄稿エッセー
「祖父が教えてくれた渡り鳥」

映画監督 今井友樹

皆さんは渡り鳥にどんなイメージを抱かれるでしょうか。私はもともと渡り鳥はおろか、身の周りで見かける鳥がいったいどんな鳥であるかすら、関心がありませんでした。

そんな私が、祖父が子供の頃に鳥の大群を目撃した話をきっかけに(写真1)、渡り鳥の魅力にとり憑かれ、2014年に記録映画「鳥の道を越えて」(93分)を制作しました。この映画には山階鳥類研究所の方々が協力してくださり、また佐藤文男研究員は監修も引き受けてくださいました。佐藤さんは、わずか数十グラムの体で海を越える渡り鳥の不思議と魅力を私に聞かせてくれました。そして年々減り続ける群れの数を心配し、悩みながらも調査を続ける姿がとても印象的でした。

鳥の道を越えて

写真1 祖父は「昔、あの山の向こうに“鳥の道”があった」と言って、向かいの山を指さす。祖父が指さす場所が何処であるのか見当がつかない僕は、鳥と人をめぐる記憶の旅に出る。

福井県にある織田ステーション(写真2)で行われるバンディング(※注)調査地を取材している時、私は渡り鳥の大群に出会いました。

祖父が子供の頃に目撃した光景には、もう出会うことができないと諦めていた時でした。その光景は4、5分ほど続いたでしょうか。渡り鳥の群れが、絶え間なく山の谷あいの上空を南へと飛んでいくのです。私は地面に寝そべり、広い空を舞う無数の渡り鳥の一羽一羽を、じっと目で追いかけました。渡り鳥の大群はもういないと存在を否定していた自分を恥じ、こんな光景をきっと祖父も子供の頃に目撃していたのだろうと思うと胸が熱くなりました。

鳥の道を越えて織田ステーション

写真2 福井県の環境省織田1級鳥類観測ステーションの調査地空撮。尾根に沿ってカスミ網を張る小道が作られ、植生が管理されている。以前はカスミ網猟の鳥屋場(とやば)だった場所が、現在は科学研究のために役立てられている。

取材を始めたのは2006年から。秋の渡りの期間は毎朝山に登り、鳥の取材に没頭しました。昨年の秋、初めて山に登らない日々を過ごしました。それでも癖になってるのか、山の上はどんな状況だろうかと考えると、胸がそわそわしてしまい落ち着きませんでした。そんなある朝、家の周りにいる鳥が渡り鳥であることに、私は初めて気が付きました。いないと思っていた渡り鳥は、実は身の周りにいたのです。

庭の木に集まる渡り鳥を見た時、亡くなった祖父が帰ってきたような、そんな気がしました。祖父は、昨年の春に病気で亡くなりました。映画の完成を一番喜んでくれたのは他でもない祖父でした。亡くなった人は鳥になるとか、鳥の鳴きが悪いと誰かが死んだとか、そういう俗信は各地で聞いたことがありますが、私も庭木に止まる渡り鳥を見た時、自然に祖父を思い出すことができました。

鳥は人と自然を結ぶ重要な存在です。人も自然も刻々と環境が変化している中で、根底にある「人が鳥に対して抱く心象世界」とはいったい何なのか、ぜひ映像で表現してみたいと思っています。

(いまい・ともき)

「山階鳥研ニュース」2016年3月号掲載

(注)バンディング:鳥類標識調査のこと。野鳥に個体識別用の足環を装着することで、鳥類の渡りや寿命などの様々な生態を明らかにするもので、日本では現在、環境省の委託事業として山階鳥類研究所が実施 しています。

記録映画「鳥の道を越えて」

「祖父が指さした山の向こうには、失われた鳥猟の世界がありました。」鳥と人間の関係を改めて見つめ直した話題作「鳥の道を越えて」は8年の歳月をかけて完成しました。2014年の初上映後、現在も日本各地で上映会が開かれています。昨年は山階鳥研と我孫子市鳥の博物館の共催で、地元我孫子市での上映会とトークショーを開催しました。  この映画は山階鳥研保全研究室の佐藤文男研究員が監修し、また織田ステーションで行っている標識調査の様子も映画に登場します。

2014年/日本/93分/ドキュメンタリー
企画・制作・配給 工房ギャレット
平成26年度文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、第88回キネマ旬報ベスト・テン文化映画部門第1位、第2回グリーンイメージ国際環境映画祭グリーンイメージ賞、第56回科学技術映像祭内閣総理大臣賞

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