読み物コーナー

2015年11月26日掲載

山階鳥研の標本データベースは、2009年12月にインターネットで公開されて以来、さまざまな方々に利用されています。ここでは、標本データベースを活用して、哺乳類学で興味深い研究成果を上げている、国立科学博物館の川田伸一郎さんに、その一端を紹介していただきました。

「山階鳥研ニュース」2015年11月号より)

オーストンのラベル
標本データベースを活用した研究から

国立科学博物館 動物研究部 川田伸一郎

アラン・オーストンという人物にはかねてから興味があった。

僕がハイナンモグラの標本を初めて見たのは2004年10月に森林総合研究所(つくば市)の安田雅俊さんから標本庫に変なモグラの標本があると見せてもらった時である。ラベルには「五指山」とあるので、僕は「なるほど、これがハイナンモグラというやつか」と喜んだのを覚えている。ハイナンモグラはオーストンが海南島で現地の人に採集してもらった標本をもとに英国自然史博物館のトーマスが記載した種である。その時はまだこの標本について細かく調べることになるとは思っていなかった。

この頃僕は台湾の山地に生息するモグラの新種記載をやっていた。英国自然史博物館にはこの作業に重要なタイプ標本が多数保管されているので、森林総合研究所の記憶新たな1か月後に英国へ飛んだ。ハイナンモグラのタイプ標本ももちろんある。その標本ラベルを見たときの驚きは忘れようもない。なんと先月見たものと全く同じ書式のラベルが使われているではないか。しかも中国の島で現地の人が採集したものといいながら、日本語のラベルが使用されており、その項目として明らかに鳥類の計測項目が印字されている。オーストンのラベル「クチバシ」などは哺乳類では計測しない場所である。この標本を英国に送ったオーストンとはどんな人物だったのか。ここから僕のオーストン研究が始まった。

アラン・オーストン(1853-1915)。イギリス人。1871(明治4)年に来日して横浜に在住。貿易商を営んだ。オーストンウミツバメ、オーストンオオアカゲラなどの鳥名に名を残している(『動物学雑誌』328 号, 1916. より)。

調べてみるとオーストンは鳥類に傑出した標本収集家で、横浜で貿易商を営んでいたという。鳥類用のラベルの謎は解けたが、さてそれでは鳥類標本を調べようにも僕にはこの知識がほとんどない。どうやってアプローチすればよいのやら、とこの件は数年来ほったらかしにしていたのだが、後に山階鳥類研究所の標本データベースのことを知って再燃することとなった。このデータベースでは種名や採集場所・日付といった項目だけでなく、かなり詳細な検索が可能であり、採集者の項目にはちゃんとオーストンがドロップメニューで出てくるようになっている。しかも各標本に添付されたラベルの画像まで閲覧できるようになっているので、僕の知的欲求を満たすに十分すぎる。僕がハイナンモグラで確認したラベルと同じ書式のものが大量に見つかり、その採集場所も小笠原・琉球など多彩である。

その後の文献調査から、海南島に渡ったのはオーストンが育成した多数の日本人採集人の一人である勝間田善作という人物であったことがわかってきた。オーストンは1915年11月30日に横浜で亡くなった。ちょうど今月が没後100周年となる。


山階鳥類研究所の標本データベースから、ノグチゲラの標本(YIO-00230、1904 年5 月5 日、沖縄島国頭郡イヂ山)とオーストンのラベル。ラベル裏面にALAN OWSTON というスタンプが捺してある。

(文 かわだ・しんいちろう)

山階鳥研の標本データベースは >>こちらのページをご覧下さい。

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