研究・調査

日本産鳥類の固有種が大幅に増えるかも?
〜日本繁殖鳥類234種のDNAバーコーディングが完成し、データベースが公開されました!

2014年12月17日掲載

2008年から国立科学博物館と山階鳥研が共同で取り組んできた国際プロジェクト「DNAバーコーディング」の成果が出ました。このプロジェクトは、遺伝物質DNAを用いて種の識別を簡便に行おうとするもので、これにより基礎研究から実用的な応用までさまざまな活用が期待できます。今回の成果について齋藤武馬研究員が説明します。

(山階鳥研NEWS 2014年11月1日号より転載)

DNAバーコーディングとは?

DNAバーコーディングについては、本誌でもこれまでご紹介してきましたが(2009年1月号参照)、概要をおさらいしてみます。DNAバーコーディングとは、簡潔にいうと、「種名が分からない生物のDNA(注1)を、データベース上のすでに知られている種のDNAと照合することで、種を同定する技術」といえます。この技術を用いることにより、隠蔽種(注2)の発見や、これまで生物群ごとに細分化された分類学者の「職人技」とされてきた、高度な専門知識を必要とする種同定を、簡便に行うことができるようになります。

鳥類のDNAバーコーディングの日本での取り組み

DNAバーコーディングは国際的なプロジェクトであり、Consortium for the Barcode of Life(CBOL)という組織がとりまとめ役となって、世界中の研究機関が同事業に参加しています。鳥類だけでなく、地球上のあらゆる生物種のDNA配列を解読し、データベースに登録することを目指しています。動物ではミトコンドリアDNA COI領域約650塩基対(バーコード領域)を主に調べて種を同定します。またデータベースには、DNA配列の元となった個体の標本も、セットで登録する決まりとなっています(図1)。鳥類では全種約1万種の登録を完了させることを目指しており、日本では国立科学博物館と山階鳥研が共同で事業に参加し、日本産鳥類約600種の登録を目標に研究を進めています。

図1 DNAバーコーディングの概略図

わかったこと① 日本産繁殖種234種の種同定が可能となる

今回完了したのは、日本国内で繁殖する鳥類234種、1,367個体についてのDNAバーコード領域の塩基配列の解読と、データベース(BOLD Systems)への登録(注3)です。その結果、全繁殖鳥類種251種の93%にあたる、234種でこのデータベースを用いたDNAバーコーディングによる種同定が可能となりました。しかし、その中の5つの近縁種のペアの解析では、配列が同一である、または非常に遺伝的差異が小さい種が含まれていることも明らかとなりました(表1)。例えば、カルガモとマガモでは、配列が全く同じとなってしまうため、バーコーディング領域の解析では種同定ができません。

表1 遺伝的差異が小さい(< 1.0%)近縁種間のペア
和名サンプル数遺伝的差異(%)
1マガモ
カルガモ
4
7
0
 
2 アカコッコ
アカハラ
4
12
0.15
 
3 カッコウ
ツツドリ
5
6
0.3
 
4 シマセンニュウ
ウチヤマセンニュウ
6
2
0.63
 
5 ケイマフリ
ウミバト
1
1
0.85
 

わかったこと② 日本列島を含む周辺域で24種の隠蔽種候補を発見

さらに今回、前述の日本産繁殖鳥類種234種に加え、ユーラシア大陸に共通に生息する142種のバーコード領域を比較した包括的な調査を行いました。その結果、日本列島とその周辺地域で、種内に別種ともいえるほど、遺伝的にかけ離れた集団をもつ種を24種発見しました(表2)。たとえば、九州以北に分布する亜種キビタキと、南西諸島に分布する亜種リュウキュウキビタキは最大で3.71%の遺伝的差異があり、これは、種間差異の基準の一つである1.6%を大きく超えています(図2)。これらの種は、隠蔽種の候補であり、将来的に詳細な分類学的研究がなされれば、日本産繁殖鳥類の固有種が増える可能性があります。

図2a 亜種キビタキ

図2b 亜種リュウキュウキビタキ

表2 日本列島とその周辺地域の隠蔽種候補のリスト
(プレスリリース資料からの転用)
 和名学名最大遺伝距離※個体群の遺伝的境界(境界箇所を/で示す)
1ヒバリAlauda arvensis8.38日本列島・サハリン南部/大陸東部/大陸中部
2イワツバメDelichon dasypus6.40日本列島・極東域/大陸東部/大陸中部
3アカヒゲErithacus komadori6.13 *沖縄島/奄美群島以北
4ヨタカCaprimulgus indicus 6.04日本列島・アジア東部/大陸北部・中部
5メボソムシクイPhylloscopus borealis5.15本州以南/サハリン・北海道/大陸
6カササギPica pica4.73北海道・大陸東部/大陸中部以西
7カケスGarrulus glandarius 4.53*本州以南/北海道・大陸東部/大陸中部以西
8アオジEmberiza spodocephala 3.95日本列島・サハリン中部以南/大陸
9トラツグミZoothera dauma3.73*奄美大島/九州以北
10キビタキFicedula narcissina3.71*琉球列島/九州以北
11ヒヨドリIxos amaurotis3.57*沖縄・奄美諸島/*南大東島/その他の日本列島・韓国
12ウグイスCettia diphone3.43日本列島・韓国南部/大陸
13カワラヒワCarduelis sinica3.37*小笠原/その他の日本列島・極東域
14サメビタキMuscicapa sibirica2.92日本列島/大陸
15リュウキュウコノハズクOtus elegans2.90*沖縄島・奄美・大東島/八重山・沖縄島
16アカゲラDendrocopos major2.82日本列島・東アジア/大陸中部
17ヤマガラPoecile varius2.82*八重山/沖縄島以北・朝鮮半島
18フクロウStrix uralensis2.81*本州以南/大陸・北海道
19ハシボソガラスCorvus corone2.45日本列島・サハリン南部/大陸
20キジバトStreptopelia orientalis2.42地理的構造無し
21ヤブサメUrosphena squameiceps2.21日本列島・東アジア/大陸北部
22ハシブトガラスCorvus macrorhynchos2.13韓国/その他大陸・日本列島
23アカモズLanius cristatus2.01 南西日本から大陸/東北地方からサハリン
24ベニマシコUragus sibiricus1.82北海道・サハリン/大陸

※個体群間での最大遺伝距離(> 1.6%)。1.6%以上の差異は鳥類では隠蔽種候補とみなされる(学名はClements2007に準じた。)*日本固有種の可能性がある個体群

DNAバーコーディングはなにの役に立つのか

今回、発表した鳥類のDNAバーコーディングの技術は、いったいなにの役立つのでしょうか?まずは、分類学や生態学等の基礎研究の発展への貢献です。前述のように、この技術は日本産繁殖鳥類種の種内の遺伝的構造や差異について、おおまかではありますがその概要を示してくれます。これは、今後の分類学などの基礎研究の発展の足がかりとなるきっかけを大いに与えてくれます。次に、応用学的な分野への貢献です。前記のデータベースの中にある、種同定機能を用いると、鳥類の体のごく一部(肉片や血液、羽毛)からでも、バーコード領域さえ調べれば、種名が同定できるようになります。たとえば環境アセスメント調査中に、拾った羽1枚から、種を同定できるのです。また、飛行機のエンジンに鳥が巻き込まれ、重大な事故に繋がることが問題となっているバードストライクにおいても機体に付着した血液などの組織から種を同定することが可能となります。その他、蚊の体内から採取された、血液の種同定による西ナイルウイルスなど鳥 - ヒト共通病原体の感染経路の研究や、穀物などの食品内に混入した害虫等の生物の種同定に役立った例がこれまで報告されています。このように、この技術は生態学や分類学などの基礎研究のみならず、環境保全や農林水産業、医療、食品等の応用分野にいたるまで、広くその活用が期待されているのです。

(注1)遺伝情報を担う物質。動物では細胞内の核にあるほか、小器官ミトコンドリアにも独自のDNAを持っています。

(注2)形態学的には外見が似ていて見分けが付きにくいため、同種と見なされていた種が、DNA配列や生態の違いなどから、別種と見なされることとなった種のことをいいます。

(注3)渡り鳥、冬鳥などの日本産鳥類種と外来種は、今回の研究には含まれていません。これらは、順次公開予定です。

【公開データ】
発表論文:Saitoh T, Sugita N, Someya S, Iwami Y, Kobayashi S, Kamigaichi H, Higuchi A, Asai S, Yamamoto Y & Nishiumi I. (2014) DNA barcording reveals 24 distinct lineages as cryptic bird species candidates in and around the Japanese Archipelago. Molecular Ecology Resources (印刷中).
オンライン版:(URL) http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1755-0998.12282/abstract
データベース(BOLD Systems) 次のサイトにアクセスすると、今回の研究で調べた個体のDNA配列や標本情報を見ることができます。 (URL)http://www.boldsystems.org
検索の仕方:
①ホームページ 「BOLD Systems」(URL) http://www.boldsystems.org を開く。
②「Public Data Portal」をクリックする。
③検索欄に「YIO」または「BJNSM」を入力し検索。

(自然誌研究室 齋藤武馬=さいとう・たけま)


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