山階鳥類研究所の創設者

2016年1月14日更新

山階鳥類研究所の創設者・山階芳麿博士とは

山階芳麿博士は、明治33(1900)年7月5日、山階宮菊麿王の第二子として誕生しました。幼い頃から鳥に興味を持ち、陸軍幼年学校、士官学校を経て砲兵将校となりましたが、動物学研究の望みを断ち難く、東京帝国大学(現東京大学)理学部動物学科選科に入学、動物学の基礎的な学問を学びました。

動物学選科を昭和6(1931)年に修了、昭和7(1932)年には山階鳥類研究所の前身である山階家鳥類標本館を設立、その後鳥類の研究に没頭し、積極的にアジア・太平洋地域の鳥類標本収集に努めました。昭和14(1939)年から、北海道帝国大学(現北海道大学)の小熊捍教授の指導を受け、鳥類の雑種における不妊性の研究を行いました。昭和17(1942)年「鳥類雑種の不妊性に関する研究」で同大学から理学博士号を受けました。

その後、鳥類の染色体の研究に取り組み、染色体を用いて分類する方法を鳥類の分類に導入して、国の内外から高く評価されました。昭和24(1949)年には「細胞学に基づく動物の分類」を著し、翌25(1950)年、日本遺伝学会賞を受賞しました。

また、当時戦後のタンパク質不足から、文部省から「ニワトリの増殖」について研究委託を受け、多産で肉質がよいニワトリの品種改良にも取り組みました。その他、バリケンとアヒルの雑種ドバンの増殖研究にも力を入れました。その後、研究だけでなく、鳥類保護にも熱意を注ぎ、日本鳥学会会頭、日本鳥類保護連盟会長、国際鳥類保護会議副会長、同アジア部会長などの役職を歴任しました。

同博士の主な著書としては「日本の鳥類と其生態」(第1巻:1933、第2巻:1941)、世界の全鳥類に和名を付けた「世界鳥類和名辞典」(1986)があります。

昭和52(1977)年には、鳥学の世界のノーベル賞とも言われる、ジャン・デラクール賞を受賞。翌53(1978)年には「世界の生物保護に功績があった」としてオランダ王室から第1級ゴールデンアーク勲章を受章しました。

平成元年(1989)1月28日没、88才。

>> 山階芳麿『私の履歴書』のページ


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