読み物コーナー

2023年12月6日掲載

生物多様性条約第15回締約国会議第二部で採択された、2030年を目標年とする生物多様性の新たな世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」について、環境省野生生物課の中澤圭一課長に3回の連載で解説をしていただいています。背景(第1回)検討過程(第2回)に続き、最終回は新枠組(概要を表1に示す)の主要要素について紹介します。

昆明・モントリオール 生物多様性枠組について その3 主要要素

環境省 自然環境局 野生生物課長 中澤圭一

(1)2050年ビジョン

2010年の生物多様性条約第10回締約国会議で決定された戦略計画2011−2020の長期目標である2050年ビジョンに、日本からの提案で「自然と共生する世界の実現」が掲げられた。人と自然を分断しない共生という概念は、身近な自然資源を持続的に利用して生物多様性を育んできた日本ならではの提案である。当初はLiving in harmony with nature(自然との共生)という掴(つか)みどころのない言葉への戸惑いも聞かれたが、生物多様性という複雑な対象を束ねる用語としては適当であろうとの理解が進み、また、最上位にある長期目標の変更は新枠組の内容の交渉にさまざまな影響を与える可能性もあることから、この文言がそのまま維持された。

(2)2050年ゴール

新枠組の検討過程では一貫して条約の3つの目的(保全、持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の公平な配分(Access and Benefit Sharing:ABS)を均等に扱うことが強調されており、そのことが2050年ゴールに反映されている。すなわち、表1の2050年ゴールにあるAが保全、Bが持続可能な利用、CがABSに対応する。また、愛知目標が達成されなかった教訓から、新枠組では実施の重要性が指摘され、特に途上国への資金動員が交渉の論点となっていたことがDに反映されている。なお、Aはさらに3要素に分けられているが、これらは生物多様性の3つのレベル(生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性)に対応している。

表:昆明・モントリオール生物多様性枠組の概要

表1 昆明・モントリオール生物多様性枠組の概要(環境省作成)

(3)2030年ミッション

2030年を目標年とする新枠組にとって、何を達成するのかをわかりやすい標語で示す必要性が指摘されていた。例えば、気候変動対策でのCarbon Neutralや1.5℃目標、2.0℃目標のようなものであり、その有力候補が「Nature Positive」であった。「Nature Positive」は、一般的には生物多様性の損失を止めて上向きの回復軌道、すなわちポジティブな方向に向かわせることと理解されているが、自然にとって良いことを積極的(ポジティブ)に働きかけることは何でも該当するような幅広い概念として捉えられることもある。2022年3月にスイス・ジュネーブで開催された作業部会では、会議場内で「Nature Positive」を推すグループが積極的にロビー活動をしており(写真1)、その後の会合でも同様の活動が行われていた。しかし、「Nature Positive」には国際的に合意された定義がなく、その使用に懸念を示す国も多くあり、最終的には採用されなかったが、それが意味する「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる」が2030年ミッションに位置づけられた。

写真:「Nature Positive」を推すロビー活動の様子

写真1 「Nature Positive」を推すロビー活動の様子

(4)2030年ターゲット

先述した気候変動対策での明確でわかりやすい目標に比べて、生物多様性は生態系、種、遺伝子など対象が複雑であり、これらに影響を与える要因についても、IPBESの報告書では5項目(影響が大きい順に、①陸と海の利用の変化、②生物の直接的採取(漁獲、狩猟含む)、③気候変動、④汚染、⑤外来種の侵入)があげられ、さらに社会経済活動の中に生物多様性配慮の組み込みが必要なことも指摘している。このため、対応する取り組みは自ずと複雑なものとなり、設定する目標もこの複雑さに見合う数と内容が必要になる。愛知目標では20であった目標が新枠組ではさらに増えて23となり(表1)、増加した要素の目標21〜目標23はSDGsを背景とするものであった。本稿では、この中でも新枠組において象徴的な30 by 30(サーティバイサーティ)目標と社会経済活動に関する目標について説明する。

(4−1)30 by 30目標

保護地域は、希少種を含めた多様な野生動植物とその生息・生育環境を保全するものであり、その質と量の確保は生物多様性保全において重要な役割を果たす。また、定量化が難しいとされる生物多様性関係の目標にあって、面積で表すことはわかりやすく、達成度が評価できるため、新枠組の野心度を示す象徴的な存在である。愛知目標では保護地域目標は陸域17%と海域10%であったが、新枠組では目標3(注1)において両方とも30%と大幅に引き上げられた。このことにより30 by 30目標と呼ばれるが、保護地域に加えてOECM(other effective area-based conservation measures)と呼ばれる保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(緑地や身近な公園等)も活用して達成することが求められている。現在は環境省を中心にOECMの仕組みについて検討が進められているが、民間企業やNGO等の行政以外の主体が積極的に参加できるようにすることも重要である。

なお、30 by 30目標(目標3)は、すべての地域を生物多様性に配慮した空間計画下に置くことを目指す目標1(注2)と、劣化した生態系の30%の回復を目指す目標2(注3)とともに取り組むことで生態系の健全性や連結性を確保し、自然環境の復元力の強化と強靱性の維持などの効果を発揮させていくことが重要である。そして、構築された健全な自然環境を基礎に、自然を活用(Nature based solutions)して気候変動の緩和や適応を進める目標8(注4)や、さまざまな社会課題の解決を図る目標11(注5)につなげていく。個々の目標を別々に実施していくのではなく、連携させて取り組むことで、さまざまな相乗的な効果を生むのである。

(4−2)社会経済活動に関する目標

IPBESの報告書も受けて、社会経済活動の中に生物多様性配慮を組み込むことが新枠組での重要な課題であり、それをもとに目標14〜目標16が設定されている。目標14(注6)は政策、各種計画、環境アセスメント、会計制度等の中に生物多様性の多様な価値を組み込むことで社会経済活動における生物多様性の主流化を目指しているが、このことによりIPBESアセスメントが指摘した「社会変革」に必要な全社会的なアプローチ(Whole of society approach)を図るものだと理解できる。目標15(注7)は、供給側(ビジネス側)での生物多様性への負の影響を減らすために、生物多様性に係るリスク、生物多様性への依存や影響を定期的にモニタリング・評価して情報開示を進めるものである。自然関連情報開示タスクフォース(Task force on Nature-related Financial Disclosure:TNFD) で見られるように、企業活動が自然環境に与える影響を可視化する動きが活発になっており、こうした世界的な動向とも軌を一にすると言える。目標16(注8)は目標15とは逆に消費側(消費者)において、消費量と廃棄物量を削減することによって地球との共生を目指すものである。消費者の行動変容を促すために、教育、情報提供、代替手段へのアクセス向上なども含まれている。このように、目標14〜目標16は、社会経済活動への生物多様性の主流化を社会全体−供給側−消費側の構造で一体的に図ろうとしている。

(5)まとめ

新枠組の背景、検討過程、内容と特徴について3回にわたり説明してきたが、新枠組が愛知目標の検討時点に存在しなかったIPBESに科学的に支えられ、愛知目標よりも格段に長い時間をかけて多角的に検討されてきたことが理解いただけたら幸いである。そして、現在は実施のフェーズに移行し、新枠組の達成に向けて地球規模で全社会的に取り組み、着実に努力を積み上げていくことが求められている。

他方で、あと数年後にはポストSDGsの検討が始まることも予想される。新枠組の実施に着実に取り組みながら、次を視野に入れた準備が重要になる。例えば、新枠組の象徴とも言える30 by 30目標についても、保護地域面積をさらに増やすべきとの意見もあるが、今の拡大傾向をこのまま維持していくのが適切なのだろうか、それが生物多様性保全と社会経済活動にとって本当に効果的・効率的であるのだろうか。里地里山のように、モザイク状に存在する多様な生物の生息環境を有機的に連結・配置して効果を発揮させるなど、日本ならではの経験や視点をふまえて次に備え貢献していくことも検討していくべきであろう。

(注1)〜(注8)の各目標の環境省仮訳は「昆明・モントリオール生物多様性枠組(仮訳)」(https://www.env.go.jp/content/000107439.pdf)の7頁、10頁を参照。

※本稿は個人的な見解も含めて述べたものであり、組織の意見を代表するものではありません。

(写真・文なかざわ・けいいち)

「山階鳥研ニュース」 2023年9月号より

「昆明・モントリオール 生物多様性枠組について」目次
*背景(第1回)*検討過程(第2回)*主要要素(第3回、最終回)

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