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2023年8月28日掲載

2021年10月(中国・昆明)と、2022年10月(カナダ・モントリオール)の2部に分けて開催された生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)で決まった「昆明・モントリオール生物多様性枠組」について、環境省野生生物課の中澤圭一課長に3回の連載で解説をしていただきます。第2回目は新枠組が決められるまでにどのような検討過程を経たのか、時系列を追ってみていきます。

昆明・モントリオール 生物多様性枠組について その2 検討過程

環境省 自然環境局 野生生物課長 中澤圭一

「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(以下、新枠組)の検討過程は、2018年11月にエジプトで開催されたCOP14で主として次のように決定され、2020年後半に中国で開催するCOP15を目指して新枠組の検討が開始された。

① 新枠組を検討する公開作業部会(以下、OEWG)を設置してCOP15までに2回開催する
② 可能な場合に地域別やテーマ別のワークショップ(以下、W/S)を開催する

新枠組は、生物多様性条約(以下、CBD)の公式会議のほかにも、国際機関や特定の国が主導する会議など多様な場で検討が進められており、本稿ではこうした検討過程を紹介する。

(1)検討過程の開始(2019年1月〜)

新枠組の検討は、国連による五つの地域グループごとに、その構造や内容等を全般的に議論する地域W/Sと、新枠組において重要となる事項を議論するテーマ別W/Sにより開始された。

この過程では、生物多様性保全に関する目標(保護地域、希少種保全、外来種対策等々)の野心度を高めることや社会経済活動での生物多様性配慮を進めるなどの目標に関する議論に加えて、愛知目標が達成できなかった教訓を踏まえて資金やモニタリングなど実施を強化する議論も重視された。

新枠組の象徴的な目標である保護地域については、愛知目標では地球上の陸域17%と海域10%を保護地域等として保全する目標が設定されていたが、新枠組では2030年までに30%を目指す(30 by 30(サーティバイサーティ)と呼ばれる)案が議論され、これを支持する国際的な「野心連合」が活発に活動し、日本もこの連合に積極的に参加している。

次に、CBDの目的の一つである、遺伝資源の取得の機会(Access)とその利用から生ずる利益の公正かつ衡平(こうへい)な配分(Benefit−Sharing)、いわゆるABS(注1)については、遺伝資源に加えて、塩基配列データ等の「デジタル配列情報」(Digital Sequence Information:DSI)についてもABSの対象とするか否かが重要な論点の一つとなった。

さらに、新枠組の実施に必要な、特に途上国支援に向けた資金に関する議論では、その資金提供の規模(金額)が重要な論点となり、加えて、先進国の責任をより重く見る共通だが差異のある責任(Common But Differentiated Responsibilities:CBDR)をCBDでどのように扱うのかについても議論となった。

一連のW/Sのキックオフは2019年1月に日本の環境省が愛知県の協力を得て開催したアジア太平洋地域W/Sであり、愛知目標を合意した同じ名古屋の会議場で新枠組の検討を開始することは象徴的な出来事として歓迎されている。

その後、7月にはノルウェー政府主催の第9回トロンハイム会合が120カ国450名の参加を得て開催され、同閣僚級会合では、世界規模での生物多様性の損失を止め、緊急に反転させる必要性の認識と、野心的、強力で実行可能かつ効果的な新枠組の策定に向け協働を目指す「トロンハイム行動の呼びかけ」が採択され、日本も名を連ねている。

こうした大規模な会議に加えて、交渉官による定期的な意見交換も行われている。この中でも、スイスがスポンサーのモントルー・グループ会合は、日本も含めた先進国・途上国の主要な交渉官のほか、OEWG、補助機関、COPの各議長の計30名程度が参加してCOP15終了まで対面やオンラインで20回以上開催され、新枠組の内容や交渉の進め方など横断的な情報共有の場として機能した。また、30 by 30の実現を目指す生物多様性分野の野心連合や、日本・アメリカ・カナダなどからなるJUSCANZグループでもオンラインや対面で定期的に会合し、特にCOP15期間中は連日、グループとしての意見交換・意見表明を続けた。

(2)OEWGの開始(2019年8月〜)

第1回OEWGは2019年8月にナイロビのUNEP本部で開催された。全締約国が参加する初めての会議であり、新枠組の構造、目標や資金とその野心度、指標、PDCAサイクルなど、基本的な事項を網羅的に意見交換している。日本からは、新枠組はゼロからのスタートではなく愛知目標で積み重ねた努力の上に愛知目標よりも後退しない目標を設定することや、2050年ビジョン「自然との共生」(注2)を維持する必要性などを強調した。

2020年2月に、COVID−19の発生を受けて昆明から急きょFAO本部(ローマ)に変更して開催された第2回OEWGは、新枠組のゼロ・ドラフトを検討し、日本からは、SATOYAMAイニシアティブの推進をはじめとする日本が重視する4項目(注3)を中心に発言している。この会議期間中からCOVID−19による国際線の欠航や世界的な渡航制限が始まり、新枠組の検討はその後約2年間は対面会合を開催できずにオンラインが利用されることになる。途上国の通信環境の悪さなどの困難のある中、交渉に不利が生じないよう途上国に所在する国連機関の通信施設を開放することで、2021年5〜6月に指標やベースライン等を議論する補助機関会合が、8〜9月に新枠組の1次ドラフトを議論する第3回OEWGがそれぞれ開催されたが、参加国は交渉ではなく意見表明にとどまった。

(3)COP15の開始(2021年10月〜)

大規模な国際会議開催の目処が立たない中、新枠組の検討のモメンタム維持と少しでも前進させる意図から、2021年10月にCOP15第一部として開会セッションが昆明(中国在住者が主に参加)とオンラインで開催され、議長国がエジプトから中国へ正式に移行した。閣僚級セッションでは、参加者が新枠組への期待を述べ、山口壮環境大臣は日本が重視する事項や、総額1,700万米ドル規模での生物多様性日本基金第2フェーズへの拠出などを表明した。議長国である中国は、昆明生物多様性基金を設置して15億元(約260億円)を途上国に出資することを表明するなど、途上国を意識した姿勢を示している。成果文書として採択された「昆明宣言」には、最終交渉の場となるCOP15第二部(この時点では2022年春ごろの開催を予定)での新枠組採択に向けた決意が示された。

しかし、COVID−19オミクロン株の発生を受けてCOP15第二部は夏ごろまでの延期が決まり、他方で、そこで議論するための新枠組の最終案の作成を目指して、第3回OEWGが2年ぶりの対面会合として2022年3月にジュネーブで開催された。ここでは、感染対策のために会議場への入場者数制限がされる中、連日深夜まで技術面や資金面の議論が続き、先進国と途上国で意見が分かれる資金問題をはじめ、ほぼすべての目標案に未合意箇所が残された。この状況を受けて、同年6月に第4回OEWGをUNEP本部で開催し、合意点を探す努力が続けられたが、多くの論点で意見の隔たりがさらに広がる中で、都市緑地と途上国の能力養成の二つの論点で結論を得ることができたのが救いであった。

この時点で新枠組案には約1,800の未合意箇所が残されていたが、同年9月に日本も含む主要国の交渉官と、OEWG、補助機関、COPの各議長に加えてCOP15開催国に変更となったカナダの計約30名が条約事務局に集まり、新枠組案をスリム化する観点で見直す作業を進めた。この会議への参加者は前述したモントルー・グループの参加者が多く、普段から頻繁なコミュニケーションがある参加者は、意見の隔たりはあるものの毎晩明け方まで前向きな作業を続け、未合意箇所の数をおよそ半減することに成功した。ただし、未合意箇所はまだ800ほども残っていることから、12月7〜19日に条約事務局の所在するモントリオールでの開催が決まったCOP15第二部の直前に第5回OEWGを開催し、議論を継続した。

なお、日本の環境省は、資金問題が重要な論点になっていることを踏まえて、これを議題とするアジア太平洋地域に焦点を当てたオンラインウェビナーをADB、JICA、GEF等の協力を得て10月25日に開催し、その成果はCOP15開会の際にアジア太平洋地域代表からのステートメントでも引用されるなど、新枠組に係る資源動員の議論に貢献している。また、開催国となったカナダは、いわゆる開催地としての“場所貸し”だけではなく新枠組の内容にも強く関与をしている。

(4)まとめ

新枠組では、地域別や課題別のW/S、締約国やNGO等がさまざまな規模とレベルで開催した非公式の意見交換、国際機関での議論など、対面やオンラインにより重層的な議論が続けられてきた。この背景には、議長国が各国に提案した素案をもとに検討が進められた愛知目標が未達成となったことを教訓として、新枠組ではその実施に関わる主体をできる限り関与させるべきとの考えがある。また、COVID−19の影響を受けて先が見通せない中で、新枠組への関心と検討のモメンタムが失われないように、日本も含めて多くの国、国際機関、団体等が努力を重ねた経緯もある。

新枠組の合意は、困難な状況下でのこうした一つ一つの努力の賜である。しかし、このような充実した検討過程の下でも新枠組案に大量の未合意箇所が残されたままCOP15に持ち込まれ、議論の過程と合意への距離は必ずしも比例していない。OEWG共同議長の一人からは、個人のコメントとして「愛知目標では検討過程がなかった」と指摘されたことがあったが、196の国・地域と国際機関やNGOなどが参加する“マルチでの議論のあり方”については、オンライン会議の活用も含めて今回の検討過程が検証されるべきであろう。

(文 なかざわ・けいいち)

「山階鳥研ニュース」 2023年7月号より

(注1)ABSは、例えば、野生の植物をもとにして医薬品を開発して利益を得た場合に、契約に基づいて利益の一部をその植物の生育地の保全に役立てることを目指している。
(注2)「自然との共生(Living in harmony with nature)」は、愛知目標の検討過程で日本が提案した概念で、人と自然環境を分断しない、自然資源を持続可能な形で人が利用してきた里地里山で培った日本の経験を踏まえたもの。新枠組でも2050年までの長期目標(Vision)に位置づけられた。
(注3)日本が重視する4項目

・SATOYAMAイニシアティブ:原生的な自然環境を保全するだけではなく、身近な二次的自然環境の持続可能な利用と保全を世界的に進めていく取組であり、日本と国連大学が中心となって進めている。
・Nature based Solution:自然環境を保全するとともに、これを社会課題、例えば気候変動や防災・減災等の解決に積極的に活用していく考え方。
・ビジネスにおける生物多様性の主流化:IPBES地球規模アセスメント(2019)では、生物多様性損失の間接要因である生産・消費活動での生物多様性への配慮の必要性が強く指摘されている。
・侵略的外来種対策:外来種は自然環境、生活環境、人の健康への脅威となっている。中でも、ヒアリに代表されるような、物流に伴って非意図的に侵入する侵略的外来種対策強化の必要性を日本は重視している。

「昆明・モントリオール 生物多様性枠組について」目次
*背景(第1回)*検討過程(第2回)*主要要素(第3回、最終回)

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