読み物コーナー

2025年12月1日掲載

図書や文化資料の整理に携わって -定年退職にあたっての雑感-

専門員 鶴見みや古

私が山階鳥研に就職したのは、我孫子に移転してしばらく経った1985年9月のことで、配属されたのは、資料室という主に標本と図書(文献)を管理する部署でした。東京の渋谷から移転して約1年が経ったとはいえ、標本箪笥や本棚の移動、標本や図書の点数の確認など、各自の担当にこだわらず、メンバー全員で手分けして行ったことが懐かしく思い出されます。また、このころはコンピューターがかなり普及してきており、山階鳥研でも、それまで紙のカードで管理していた各種データをデジタル化しようという気運が高まっていた時期でした。とはいっても、予算等の問題からすぐに人数分のコンピューターを導入することは難しく、1台を数人で使うといった状況で、日常業務に使用できるようになったのは1990年代に入ってからでしょうか。まずは、どんな単行本や雑誌があるのかといった情報をデジタルデータにすることから始めていきました。

ところで、山階鳥研の所蔵資料といえば鳥類の標本と図書(文献)ばかりだと思われる方が多いかもしれませんが、実はこのほかにも、創設者の山階博士はもとより、当時の多くの鳥学研究者から寄贈された写真類、手紙・はがきといった書簡、図鑑に使用された画など、主に近代以降の日本の鳥学研究や鳥類保護に関する資料を多数所蔵しています。また、山階鳥研が我孫子に移転してきてからも、多くの方から貴重な資料を寄贈していただいています。

山階鳥研ではこれら図書と生物由来ではない資料を文化資料と呼んでいますが、2000年代に入ると、図書に加え、文化資料の整理にも取り組むことになりました。というのは、これら文化資料は図書と関連するものが多いため、別々ではなく図書と併せて整理する必要があるからです。

そして時代は単に情報をデジタル化するだけではなく、インターネット上で検索ができるデータベースが求められるようになりました。日々の資料整理とデータベースの作成に四苦八苦の末、2011年にオンライン蔵書検索システム(OPAC)をスタートさせることができました。当初は雑誌のみでしたが、2015年には単行本、2017年には論文別刷を加え、2025年にはこれらに文化資料を統合した「図書・文化資料データベース」を立ち上げるところまでこぎつけました。振り返ってみると、さまざまなできごとがあったものの、ここまでくるには多くのアルバイト・ボランティアのみなさんの地道な作業がありました。資料保存のため、暖房を入れていない冬の寒い書庫の中でのデータ入力、資料が入った重い段ボール箱の移動、劣化・破損した資料の補修、汚れたまま保管されていた資料のクリーニングなど、感謝しかありません。それでも、現在把握している図書と文化資料の点数は約8万点で、そのうち公開できたものは約4万点と半分です。すべての資料を公開するまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

山階博士が山階鳥研の前身である山階家鳥類標本館を設立してから九十余年、利用者が活用できるように図書や文化資料を適切に管理することは、鳥学に関する多数の資料を所蔵する山階鳥研の使命のひとつです。かつて図書の管理を担当された所員の方々は財政難の中でたいへんな苦労をされたと聞いています。研究所が渋谷にあったころには、図書の収蔵スペースを増やすための移動書架の導入、散逸を防ぐための雑誌の製本、雨漏りでカビが生えてしまった本を1冊1冊エタノールでふき取ったこともあるそうです。私たちが図書をはじめさまざまな資料を利用できるのも、各時代の担当者の努力のおかげにほかなりません。私が研究所で行った仕事をひと言でいうと、前任者の仕事を引き継ぎ、資料整理をコツコツと行ってきたことでしょうか。それでも仕事とはいえ、さまざまな本や雑誌、図鑑に使われた画や版木、オリジナルの写真、絵巻物など、貴重な資料との出会いは私にとって幸せなことでした。申し訳ないことに、私がやり残してしまった未登録の資料はまだまだたくさんありますが、諦めずに整理を続けていけば、いつの日かさまざまな分野で活用できる資料群となるはずです。山階鳥研は鳥に特化した研究所とはいえ、理系文系の壁を取り払った多様な研究ができる場となることを願っています。

(文 つるみ・みやこ)

写真:祝賀会

退職祝賀会のときの鶴見専門員

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