2025年6月17日掲載
専門員 平岡考
2023年3月に定年を迎えてから2年間、週5日勤務で働いてきましたが、この4月からは週3日勤務でおもに質問対応を担当させていただくことになりました。フルタイムの勤務から離れる区切りのタイミングで今回、紙面を頂戴できることになりましたので、ただのご挨拶というのも芸がないかと考え、これまで仕事をする中などで学んだこと、気づいたことを少し書いてみたいと思います。
めざましい研究業績があるわけでもない私が勉強の仕方について語るのはおこがましいことですが、これはおもに外国語の学習について感じていることです。ただ、他の分野の勉強でも同様のことは言えると思います。勉強というのはもちろん時間を使い、頭を使ってするわけですが、その努力量と達成度(あるいは境地)との関係について、なんとなく素朴に、直線状に徐々に向上するように考えがちかもしれません(図の赤い破線)。しかし私の経験からは、一定の努力量で継続していくとき、達成度は階段状に上がっていくと感じます(図の青い実線)。外国語の勉強でいうと、最初に一段上がるのは基礎的な文法事項のセットと最低限の語彙を学んだところだと感じます。これらの学習が途中のうちに休んでしまうと(図の点A)、元の木阿弥になってしまい、次に再開するときはまた一から勉強し直しになります。勉強を始めたら、ともかく一段上(図の点B)に上がるまでは優先度を上げて、がんばってやりとおすことが必要です。一段上がれば、勉強を何年休んでも、勉強前のところに戻ってしまうことはありません。世の中に個人の成長について、「ひと皮むける」であるとか、一国の経済発展について「離陸(テイクオフ)」といったことが言われますが、ここでお話ししたイメージに何かしら共通のものがあるのかもしれないと考えると興味深いです。
山階鳥研には、さまざまな問合せが寄せられますが、その中には一般の方からのものも多くあります。そういった質問対応のときに、あるいは意見の異なる方を説得しようとするさい、罵倒してはいけないのは当然として、また見下した表現にならないように注意するのは大切な点です。そんなの当たり前と思われるかもしれませんが、気をつけていないと、「この方は何を言ってるんだろう」という、もやもやした気持ちで回答の作文をしてしまうことがあります。こちらの使う具体的な単語には攻撃的なものがなくても、文面からその気持ちがにじみ出てしまうことがあるのです。それを防ぐための具体策として、冒頭に適宜、相手への共感の言葉を入れることを実践しています。たとえば鳥の識別の相談への回答に際しては、冒頭に「野鳥観察、撮影をお楽しみのことなによりです」といったことを書きます。その後ろに「何を言ってるんだろう」と思って書いた文章が続くと、通しで読んだときに流れがおかしくなるのです。そうしたら冒頭の文章にあわせて表現を整えます。
一般の方はご存知ないから質問なさっているので、突飛なことをおっしゃるのを責めるのはおかしいでしょう。そして、回答する側も全知全能の神ではありません。質問者と回答者の間に知と無知の境界線があると考えるのではなく、境界線は回答者のはるか頭上にあって、質問者と回答者は無知の程度が異なるだけという認識が大切と、ときどき思い起こすようにしています。
もうひとつの留意点は、わかる言葉を使え、かみくだいて話せということです。たとえば、「生態系」と言ったとたんに問答無用というメッセージが伝わってしまい、先方の思考が止まってしまう可能性があることに注意すべきです。専門用語を使うと、ありがたがられ、優秀だと思われるかもしれませんが、本当に中身がわかって納得してもらえる率は落ちると思っています(これはもちろん、専門家同士のコミュニケーションで抽象度の高い専門用語を使うことの有用性を否定するものではありません。相手次第では専門用語を言うことでコミュニケーションが促進されることは事実です)。
「保護飼育したスズメの放鳥について」(山階鳥研ニュース2019年9月号)は、私のこういった心構えがそれなりに生きた例だと思っています。当時、質問者の方から「こういう回答をもらいたかった」と言っていただき、関係の皆さんから、またSNSでも好意的なコメントがあったことはたいへんありがたいことでした。
あれこれ書いてきましたが紙幅が尽きました。至らぬ私でしたが、さまざまの機会に皆さんに助けていただいてこれまで仕事をしてこられたと思っています。あらためて御礼申し上げます。まだしばらくお世話になります。よろしくお願いいたします。
(文・図 ひらおか・たかし)
(注)この文章は現在、山階鳥研ウェブサイトの次のリンクでお読みいただけます。
https://www.yamashina.or.jp/hp/yomimono/QandA/suzume_hocho.html
(写真・文 たどめ・けんすけ)