所蔵名品から

第20回 「THE IBIS(アイビス)」誌
-日本の鳥とも深いかかわりのあるイギリスの伝統ある学術雑誌-

2014年3月20日掲載

写真1: シーボームの論文に掲載されたノグチゲラの石版手彩色画。画家はオランダの鳥類絵師J.G.キューレマンス。

書名 THE IBIS(アイビス)
発行 British Ornithologists’ Union(イギリス鳥学会)
創刊 1858年(現在も発行されている鳥類の学術雑誌)

「THE IBIS」誌とは

「THE IBIS」誌(以下「IBIS」誌)は1859年に創刊された鳥類学専門の学術雑誌です。発行しているのはイギリス鳥学会(British Ornithologists' Union)で、設立されたのは1858年。鳥類学の世界で最も古く歴史のある学会の一つです。因みにその頃の日本は江戸時代(安政6年)、幕末へ向けて国が大きく揺れ動いていた時代です。鳥類学の学術誌でもっとも古いものは、ドイツ鳥学会誌(Journal für Ornitologie;創刊1853年)で、その後アメリカの「THE AUK」誌(創刊1884年)オランダの「ARDEA」誌(創刊1912年)など多くの地域で鳥に関する学術雑誌が多数発行され、日本では「鳥」(日本鳥学会誌)が1915年に創刊されます。中にはすでに廃刊になったり、誌名が変わってしまった雑誌もありますが、「IBIS」誌は創刊から150年以上も経った現在も、絶えることなく継続して発行され、世界を代表する学術雑誌のひとつとして重要な位置を占めています。そしてこの「IBIS」誌は日本の鳥にとってたいへん関係が深い重要な雑誌でもあります。

写真2:「IBIS」誌創刊号の表紙。
誌名 IBISはトキの総称。
会のシンボルマーク、アフリカクロトキが描かれている。
本の大きさは見開きで約31×23cm。

時は今から100年以上も前にさかのぼります。時代が江戸から明治に変わると、鎖国を解いた日本には商人や研究者など多くの外国人が訪れるようになりました。外国の人たちにとって黄金の国、未知の国ジパングは、生物界においてもまさに宝の山でした。さまざまな生物が外国人によって自国に持ち帰られ、それらの標本をもとに多くの論文が学術雑誌に掲載されました。当時の「IBIS」誌に掲載されている論文は、イギリス周辺地域の鳥類の分布に関する論文や新種の鳥の記載など分類学的な論文が主流ですが、そのような傾向にある中で、謎の国ジパングの鳥についての論文も、ときに石版手彩色の図版を添えて紹介されているのです。1860年代から1920年代にかけて日本産の鳥についての論文は約30編を数え、たとえば、オオジュリン、ノグチゲラ、オオセッカ、クロウミツバメ、といった日本の鳥が新種(新亜種)として「IBIS」誌上にみられます。

ノグチゲラの原記載

では、その一例をご紹介しましょう。ノグチゲラです。

ノグチゲラは、日本の沖縄島にのみ生息するキツツキの仲間です。現在その生息数は500羽程度と少なく、国の天然記念物や国内希少野生動植物種に指定されているとともに、環境省の保護増殖事業計画の対象種にもなっています。

このノグチゲラが1887年(明治20年)に新種の鳥としてイギリスの鳥学会誌「 IBIS」誌に発表されているのです。ある生物が新種であるとなった場合、研究者はそれに学名を付けて学術雑誌に報告します。ノグチゲラを新種の鳥として発表したのはヘンリー・シーボーム(1832-1895)というイギリスの鳥類学者です。シーボームは1887年に発行された号に、「Notes on the Birds of the Loo-choo Islands. 注*」(琉球列島の鳥について)と題した約10ページの論文を発表し、その中でノグチゲラを新種の鳥、学名Picus noguchii 注**として、石版手彩色の図版と共に報告したのです(ページ先頭の写真)。この論文が分類の世界でいう原記載論文で、とても重要な論文です。シーボームは、当時日本に滞在していた昆虫学者ヘンリー・プライヤー(1850-1888)から届けられた鳥の標本を調査して、その中に含まれていたキツツキの一種を新種として記載したのです。シーボームはこの論文の中で記載したノグチゲラについて、「疑いなく、もっとも興味深い鳥である」と綴っています。

そしてもう一つ、ノグチゲラという名前には謎があります。和名のなかの「ゲラ」はキツツキの総称である「ケラ」の濁音なので、ノグチゲラとはノグチというキツツキということになります。因みに、この鳥の英名はプライヤーズ・ウッドペッカー(Pryer's Woodpecker)で、シーボームに標本を提供した前述のプライヤーに由来しているのですが、さて、学名と和名両方にあるノグチ noguchi はなにに由来するのでしょう。前述の原記載論文には「プライヤー氏の指示による」とあるだけです。学名のつけ方から人の名前(男性)であることはわかるのですが、この人物についてはプライヤーが日本で生物を採集した際の協力者であるという説や氏の通訳であるとする説などがあり、今も確かなことはわかっていません。

創刊から150年以上も経つ「IBIS」誌、ノグチゲラの名前の謎も残しつつ、現在も魅力ある学術雑誌として発行され続けているのです。

山階鳥研における「IBIS」誌

写真3:山階鳥研書庫の学術雑誌「IBIS」誌の棚の一部。
左側の棚にあるのは昔のもので、海外で製本されたものを取り寄せたと思われる。右は現在の製本されたもの。 現在の雑誌のサイズはほぼA4判。

山階鳥類研究所の創設者である山階芳麿博士は、鳥の研究には不可欠な書籍としてこの雑誌を大切に所蔵してきました。太平洋戦争前後に数号の欠号はあるものの、ほぼ創刊号から現在までを所蔵しています。そして、今も所員をはじめ鳥の研究者に活用されている雑誌のひとつです。現在私たちが一般的にイメージする雑誌は、気軽に手にして読み終えたら処分してしまうというものがほとんどではないでしょうか。しかし学術雑誌はそうはいきません。後世の研究者のために大切に保管しておかなくてはなりません。山階鳥類研究所は約3,000誌におよぶさまざまな鳥類や自然科学に関する雑誌を所蔵しています。研究所では、今回ご紹介した「IBIS」誌をはじめ所蔵する雑誌を適切な環境で保管し、活用するために日々黙々と整備を進めているところです。

(自然誌研究室長 鶴見みや古)

山階鳥研NEWS 2014年 3月1日号(NO.252)より

所蔵標本と学術雑誌目録はそれぞれのデータベースで公開しています。

(注)
* この論文に掲載されている鳥はノグチゲラを含め、オオコノハズク、アカヒゲ、アカショウビン、ゴイサギなど46種(亜種)で、種によっては短いコメントがつけられています。

** ノグチゲラの学名は原記載以降、その後の研究により学名が変わっています。現在、日本鳥類目録改訂第7版では、Sapheopipo noguchii を採用しています。なお、この論文を書くときに使われたノグチゲラの標本は、現在大英博物館(イギリス)で学名を記載するにあたって使用された重要な標本(タイプ標本)として大切に保管されています。

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