所蔵名品から

第12回 テミンクと日本産鳥類
― C. J. テミンク『新編彩色鳥類図譜』―

『新編鳥類彩色図譜』
(Nouveau recueil de planches coloriees )
(1820~1838年)第4巻(全5巻)より

作品 アオゲラ Picus awokera
作者 C. J. テミンク J. C. Temminck(1778~1858年)
技法 銅版手彩色
サイズ 56.6cm×39.6cm

現代において、新種の哺乳類や鳥類が発見されたとしたら、大きな話題を呼ぶことでしょう。しかし、未知の国々へ船を派遣し探検した大航海時代には、世界の多様な生物が次々と発見され、新種として紹介されていたのです。膨大な数の新種生物は、体系的に整理、記録する必要性を生み出し、更には印刷技術の発展に伴って、美しく個性的な図鑑の出版へとつながっていきました。18世紀後半から19世紀にかけて出版された大規模な博物学書として、フランスの博物学者ビュフォンが著した『博物誌』がありますが、美しい図版の効果もあいまって当時のベストセラーになりました。この博物誌の内、『鳥類の博物誌』の続編を目指して、オランダの鳥類学者C・J・テミンクによって著わされたのが『新編彩色鳥類図譜』(1820~38)です。

テミンクは、東インド会社の財務官で鳥類学に興味をもっていた父親のもとで鳥への関心と知識を深め、豊かな経済力を基盤として個人的な鳥類標本のコレクションも有していました。1820年、オランダ国立自然史博物館の初代館長に就任したテミンクは、自身の鳥類コレクションを博物館に寄贈しただけでなく、その後も世界の幅広い地域の鳥類標本収集に力を尽くしました。これらの標本が、鳥類図譜を著わす上で大きな役割を果たすことになったのです。

山階鳥研所蔵の『新編彩色鳥類図譜』(全5巻)は、山階芳麿博士がイギリスの古書店に注文し取り寄せたもので、1850年に出版された再版本です。少し後の時代にイギリスで出版されたグールドの石版手彩色の鳥類図譜と同様の大型書籍で、各種の鳥を説明した解説文には、対応する銅版手彩色の図版が付されています。全図版600枚に扱われた鳥類は、約800羽、660種にのぼります。グールドの図譜と異なり、背景描写はなく鳥のみが描かれており、全体の印象としては地味かもしれません。

山階鳥研が所蔵する『新編彩色図譜』。
大きさは新聞紙ほどもあり、グールドの図譜とほぼ同じサイズ。イギリスで製本されたもので、表紙は布製、背表紙と表紙の角に皮が使用されている。

この図譜において注目されることの一つは、トキを始めとしてヒヨドリ、ツグミ、ヤマセミなど、新種として発表された日本産鳥類が多く含まれていることでしょう。当時、テミンクの元には、オランダ政府から派遣されていたシーボルトや、助手のビュルゲルによって日本で収集された標本や資料が数多く届けられていたのです。標本には、当時の鳥の和名も添えられてあり、テミンクは学名を付ける際に幾つかの和名を取り入れています。中には二つの種の取り違えによって、コマドリをSylvia akahige、アカヒゲをSylvia komadoriというように、異なる和名を冠した学名が付けられたものや、また、アオゲラPicus awokera、カンムリウミスズメUria wumizusumeなどのように、和名のローマ字表記の微妙な違いや変形があるものもみられますが、これらの種小名*は現在の学名においても使用されています。テミンクは、ヨーロッパと共通性のある日本産動物に関心を寄せていたということですが、当時の世界各地の様々な新種鳥類を集めたこの図譜の中に、オランダとの交易という小さな窓を通じて入り込んだ日本の鳥たちを眺めると、感慨深いものがあります。
(資料室図書担当 紀宮清子=のりのみや・さやこ)

* 学名は属名と種小名の二名法で表されます。前が属名で後ろが種小名です。

山階鳥研NEWS 2003年1月1日号(NO.166)より

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