所蔵名品から

第8回 文献と標本は二人三脚
ー動物学雑誌と珍鳥 オガワコマドリ(スズメ目ツグミ科)ー

種名 オガワコマドリ Erithacus svecica
番号 32202
採集日 1906年12月9日
採集地 駿河国安倍郡麻機村

オガワコマドリは、アジアとヨーロッパの亜寒帯で繁殖する小型のツグミの仲間で、日本には冬にごく希にやってくる珍鳥です。

さて、今回はこの鳥の標本と名前(和名)の由来について書かれた文献をセットでご紹介しましょう。

鳥の名前のつけ方には特にこうしなさいという決まりはありませんが、例えばオオワシは「体が大きいワシ」、ハクセキレイは「体が白いセキレイ」、カッコウは「カッコウと聞こえる鳴き声」、ノビタキは「野原にいるヒタキ」といった、その鳥の大きさ・色・鳴き声・生息している場所などその鳥の特徴をあらわした名前が多いようです。因みにオガワコマドリの英語の名前はオスの喉が鮮やかな青色をしていることからBluethroat(青い喉)とつけられています。では、日本語の名前はどのようにしてつけられたのでしょうか。地名?人の名前?…?これはちょっと難しい。

この答えは、「動物学雑誌」第28巻(1916年・大正5年=写真)のなかにありました。

著者は黒田長禮(くろだ・ながみち)博士、現在の山階鳥研所長、黒田長久博士のお父様です。ここにその内容を簡単にご紹介しましょう。題名は「珍鳥ヲガハコマドリ」です。なお、原文のままではことばづかいが難しいので一部を現代のことばに置き換えました。

「故小川三紀氏が収集した鳥類の標本が現今動物学教室に保存してある。多数の重要な種類が含まれているが、その中に日本での唯一の珍鳥があることを発見した。私はこの標本を検査して、疑うことなく「エリサクス(注1)」属の標本であることを確認した。小川氏は成鳥雄と書いてあるが、私が調べたところでは成鳥雌の色に完全に一致した。

(学名)Erithacus cyaneculus caeruleulus(PALLAS)(注2).和名ヲガハコマドリ(新称)。…(中略)…我が国では昔に捕獲された報告はなく、小川氏が駿州(注3)にて採集したものが唯一羽あるのみ。恐らく迷って渡ってきたものだろう。…(後略)…。」

「動物学雑誌」は東京動物学会(現在の日本動物学会)が1888年(明治21年)に創刊した学術雑誌。
現在も発行されている。

鳥類学者であった小川三紀(おがわ・みのり)氏が所蔵していた標本や図書が氏の死後に現在の東京大学に寄贈され、動物学教室に保管されていました。

これらの標本を黒田長禮博士が調査したところ、その中に日本でまだ記録されていない鳥の標本があることを見つけたのです。黒田博士はこの標本をよく調べて種名(学名)を決めるとともに、この鳥が日本で今まで記録されていなかったことから「ヲガハコマドリ」という日本語の名前をつけ「本邦に於る唯一の珍鳥」、つまり日本でのオガワコマドリの初記録として1916年に動物学雑誌に発表したのです。

この文の中には名前の由来は書いてありませんが、オガワコマドリの「オガワ」はこの鳥の採集者でもある小川三紀氏に因んだものです。そして「コマドリ」の部分は、この鳥が日本に夏に渡ってきて亜高山帯で繁殖するコマドリと分類学的に同じグループ(属)の鳥であることから名付けたものなのです。

標本はそのものが存在したことを示す確実な証拠です。言葉では表現できない形や色などさまざまな情報を見る者に伝えます。しかし、その標本が得られたときの状況、分類の根拠、名前の由来等の情報は文献が頼りです。標本とそれに対応する文献がきちんとした状態で保管されていることは鳥学研究者、特に分類学者にとってとても重要なことなのです。そして標本と文献を後の研究のために大切に保存していくことは山階鳥研の大きな仕事の一つです。

山階鳥研は1939年(昭和14年)に東京帝国大学(現在の東京大学)から約2千点の標本の移管を受けています。小川三紀氏が採集したオガワコマドリの標本もそのうちの一点で、現在も山階鳥研の標本室に所蔵されています。なお、小川三紀(1876~1908)氏は、32歳という若さで亡くなってしまった鳥学者ですが、日本の初期の鳥学の発展に大きく寄与した研究者の一人です。(資料室図書担当 鶴見みや古=つるみ・みやこ)

  • 注1 エリサクス(Erithacus)はコマドリの仲間につけられた名前(属名)
  • 注2 現在の本種の学名はその後の研究者によってErithacus svecicaとされています。
  • 注3 「駿州」は現在の静岡県です

山階鳥研NEWS 2001年7月1日号(NO.148)より

▲ このページのトップへ