2026年6月8日掲載
長崎大学大学院 水産・環境科学総合研究科 大槻 恒介
野生鳥類の研究において、個体の性や年齢の情報は、行動や生態、さらには個体群動態や保全戦略を理解するうえで不可欠です。しかし、外見上の性的二型が乏しい種や観察・捕獲が困難な種では、これらの識別手法の確立が遅れている場合があります。
ヒクイナは湿地の密な植生内で生活するため観察が難しく、標識調査においても捕獲個体数が非常に限られていました。このため、有効な性齢の識別手法は十分に確立されていません。そこで本研究では、捕獲調査を基盤としつつ、山階鳥研が所蔵する標本を活用し、野外でも利用可能な識別手法の確立を目指しました。
まず、捕獲手法として、ボウネットとよばれる罠に少し改良を加え、5年間で100羽以上の捕獲に成功しました。これにより、十分なサンプル数を確保することができました。しかし、研究初期に遺伝子による性判別を試みましたが、まったく結果が得られず、手法の見直しが必要となりました。一方で、捕獲個体の観察を通じて気づいた、羽色にわずかな差異が存在する点に着目しました。そこで、まず山階鳥研に所蔵されている剥製【図1】を対象に、羽色の評価を行い、統計解析によって性差の有無を検討しました。その結果、小雨覆の赤色斑に雌雄差が認められました【図2】。その後、ヒクイナでも遺伝子から性判別が可能な手法が見つかり、捕獲個体でも検証したところ、やはり小雨覆の赤色斑に雌雄差が認められました。さらに、外部形態の計測値で雌雄差があるかを統計解析したところ、嘴やふ蹠の長さ、全長において雌雄差が認められました。すなわち、雄は雌に比べて小雨覆の赤色斑が発達し、嘴やふ蹠の長さ、全長が大きいことが明らかとなりました。


上)図1 山階鳥類研究所に所蔵されているヒクイナの仮剥製 下)図2 小雨覆の赤色斑が発達した雄の翼
既存の知見から、幼羽の有無や虹彩色により秋ごろまでは当歳個体の識別が可能であることが知られています。しかし、冬以降はこれらの指標のみでは年齢識別が困難となります。ヒクイナの研究を進める中で、ロードキル等で亡くなった個体を解剖する機会があり、これを通じて頭骨の含気化の進行度が年齢判定に利用できる可能性に着目しました。剥製には種名や採集地、採集日時のほか、剥製作製時に得られた情報がラベルに記されていることがあります。山階鳥研には頭骨の含気化(生まれた時点では、頭骨は一層で構成されているが、時間経過とともに二層構造に変わること)の進行度を描いた剥製がいくつか所蔵されていました。そこで、頭骨の含気化の進行度と年齢の関係を検討しました。その結果、頭骨の状態は若い個体の識別に有効であり、少なくとも2暦年目の繁殖までは年齢識別に利用可能であることが示唆されました【図3】。また、この特徴は頭皮越しに観察可能であり、野外での応用も期待できます。

図3 ヒクイナにおける頭骨の含気化指標;灰色は二層構造の状態で、白色は一層の状態を示す
以上の結果から、ヒクイナにおいて外部形態および頭骨の含気化指標に基づく、性や年齢の識別手法の有効性が示されました。さらに、確認された性差は雄間競争や求愛行動に関連する可能性があり、本種の繁殖生態の理解に寄与することが期待されます。今後は、データの蓄積による識別精度の向上に加え、繁殖行動の詳細な観察を通じて、性差の進化的意義について研究を進めていきたいと考えています。
(文・写真 おおつき・こうすけ)