山階芳麿 私の履歴書

 

第26回 鳥類保護視察

人工増殖の必要性痛感 世界の学者からトキを憂う声

鳥類保護の実際的な知識や技術を学びに出かけたことも何度かある。

昭和48年にカナダ、アラスカに鳥獣保護施設の視察に行った。日本でトキやコウノトリなどの保護の問題が急を要したため、これらの地域でどのような対策を取っているか視察したものである。

カナダでは、エドモントン付近のエルクアイランド国立公園を見た。ここは北極圏やそれに近い北方で絶滅の恐れのある鳥獣を運んで来て、人工的に増殖させている所である。ここで最も大規模なものは、ウッド・バッファローの人工飼育であった。

ウッド・バッファローは、ヨーロッパのバイソンと米国の平原バイソンとの中間くらいのものだが、100頭足らずカナダの北極圏に生き残っていた。ところがこれが狩猟などしなくてもどんどん減ってゆく。調べてみると、病気のために子供が生まれないことがわかった。そこで最後に残った50頭ばかりを全部捕えて飛行機でエルクアイランド国立公園に持ってきて、さくでかこった36平方マイルの地域に放した。そして健康診断と予防注射やワクチンなど、病気に対する治療を施した。これが奏功し、現在では子供も生まれるようになり、約70頭にふえていた。

アラスカでもジャコウウシについて同様のことを行っていたし、アメリカ本国でもウィスコンシン州のバラブーのツルの人工増殖施設が活躍していた。やはり絶滅の恐れのあるツル類を世界の各国からここに持って来て、人工増殖しているのであった。

日本のトキは自然増殖に任せているが、この5年間、1羽もふえていない。米加のように人工増殖をしなければ、絶滅するのは時間の問題である。

昭和52年にはアメリカのウィスコンシン州マジソンのウィスコンシン大学で行われた稀少鳥類の保護のための科学技術に関する国際シンポジウムに出席した。世界中の絶滅にひんしている鳥を増殖させるための技術についてのシンポジウムである。

ここにはヨーロッパをはじめ、中南米、オーストラリアなどの役人が、鳥類学者や保護団体の人々とともに多く参加していた。ところが日本から参加したのは私だけで、役人は1人も来ない。もっと沢山の関係者がこのような重要会議に参加するようにならなければ、日本の鳥類は救えないだろう。

人工増殖をはじめ、環境を変えること、住んでいる場所を移すことなど、各国での体験が語られ、参加者からはさまざまな提案やアイデアが出されるのであった。私はトキの現状について報告したが、世界中の学者らからは、なぜ早く捕えて人工増殖をしないのかと質問が集中した。この時の報告書は数百ページの印刷物となって配られている。世界の知恵を結集した貴重な記録である。

また、昨年はベルリンで国際鳥学会議(IOC)、ユーゴスラビアのオフリッドで国際鳥類保護会議(ICBP)が開かれた。オフリッドはユーゴとアルバニアの国境にあり、古代のアレキサンダー大王が出たマケドニアである。ここの会議には世界野生動物保護財団(WWF)や国際自然保護連合(IUCN)の代表も参加し、これまで個々バラバラに活動していた鳥獣保護の世界的組織が、互いに協力し委員会を作り、一つの目的で世界保護戦略を作り、協力してやってゆこうということを決めた。

WWFはトキの保護センターを作るために資金を提供してくれた団体で、設立してから今年で17年目になる。私はこの団体の名誉会員でもあり、またICBPの副会長でもあるため、オフリッドの帰途、スイスのジュネーブ郊外のモーシュにあるWWFとIUCNの本部に立ち寄って今後の協力を話し合ってきた。

この時もっとも熱心に話し合われたのは、国際自然保護連合では日本が1日も早くワシントン条約(稀少生物の貿易規制に関する条約)を批准して欲しいこと、世界野生動物保護財団では1日も早く日本がその正式の支部をつくってもらいたいということであった。彼らはアジアの先進国日本に大きな期待をしているのである。

(日本経済新聞 1979年5月22日)

▲ このページのトップへ