歴代所長からのメッセージ


「朝日新聞」2010年1月14日付
身近な生活の中から探して

~山階鳥類研究所 山岸哲所長に聞く~

 長野で生まれ育った。「小鳥少年」で、学校が終わればかばんを放り出し、山で鳥の巣を探した。トラツグミは、ミミズをまるでそうめんを食べるように口いっぱいに垂らしてヒナへ運ぶ。鳥のえさを通しても、自分の周りにいっぱい生き物がいるんだと驚いた。私は生物多様性を「いのちのにぎわい」と呼んでいる。たくさんの生き物がいることを「うれしい」と感じる気持ちが原点にある。

 一方、生物多様性は、大きな経済的な価値も生み出している。例えば、マダガスカル原産のニチニチソウの仲間から抗がん剤ができる。どこにお宝があるかわからないから大切にしようという考え方は実利的でわかりやすい。ただ、理屈で考えすぎると「うれしい」と思う気持ちが欠け、生物多様性の大切さが広がらないように思う。

 「Today birds, tomorrow men(今日の鳥は明日の人間)」という言葉がある。鳥を調べれば、人間の命運を推し量れるという意味だ。トキは日本中に飛んでいたありふれた鳥だった。人間が狩猟し、さらに、土地改良事業や農薬の使用でえさのドジョウやザリガニが田んぼにすめず、森林が荒れて巣を作れなくなり、絶滅した。今、トキを日本の空に取り戻そうとする理由は二つある。一つは生物多様性を増やす直接の効果だが、トキが生き続けることができる環境を取り戻す意義の方が大きい。トキの再生は地域の再生なのだ。

 ただ、自然との「共生」を強いられた「強生(きょうせい)」にしてはいけない。我慢して一緒に生きていこうとしても長続きしない。放たれたトキが稲を倒そうとしたら、農家の人は遠くへ追い払えばいい。



 今の子どもたちはテレビなどを通じて、私が聞いたことがない南米の珍しい鳥を知っている。でも、その鳥が実際にはどんな大きさで、どんなぬくもりがあり、どんな表情のときはいやがっているのか、全く知らない。本当の意味で自然とつきあえていない。

 生物多様性というと、知床とか、ブナの原生林とか、里山とか、遠い場所を考えていないだろうか。生物多様性は私たちの身近な生活の中にある。近くの公園へ、ちょっと離れた小さい山へとさらに足を延ばして探してほしい。

 地域を離れた生物多様性なんて存在しない。COP10では、現地の人の、現地の人による、現地の人のための生物多様性を考えてほしい。トップダウンではなく、地域から国、世界へと積み上げていかなければならない。



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