第18回 山階芳麿賞 記念シンポジウム

「鳥の研究はここまで進んだ 〜人は鳥から何をまなべるか 〜」

2014年9月23日(火・祝)有楽町朝日ホール(東京都千代田区)
【主催】(公財)山階鳥類研究所 【共催】朝日新聞社 【後援】我孫子市

2015年1月29日掲載

9月23日、有楽町朝日ホールで、山階芳麿賞記念シンポジウム「鳥の研究はここまで進んだ〜人は鳥から何をまなべるか〜」を開催しました。今回、山階芳麿賞特別賞を贈呈したお二方はご高齢のため、来日いただけませんでしたが、贈呈を記念して開催したものです(「山階鳥研NEWS」2014年7、9、11月号参照)。

開催の趣旨は、お二方のご業績を回顧するとともに、ご研究が鳥類学、生物学研究にどのようなインパクトを与えたのか、どのように現在の研究に受け継がれ、鳥類の保全のために貢献しているのかについて考えるというものです。シンポジウムのコンビーナーを、山岸哲・山階鳥類研究所名誉所長・兵庫県立コウノトリの郷公園園長と、渡辺茂・慶応義塾大学名誉教授にお願いいたしました。以下に概略をご報告します。

(山階鳥研NEWS 2015年1月1日号より)

受賞者のコメント

特別賞受賞者のお二方からは受賞にあたってのコメントを頂戴し、当日はシンポジウムに先立ち、司会者が読み上げて来場の皆様にご紹介しました。

クイーンズランド大学名誉教授 橘川次郎

この度は身に余る山階芳麿賞特別賞をいただき恐縮しています。1974 年にキャンベラで国際鳥類学会議(IOC)があった折に山階芳麿先生がブリスベンにおいでになりましたが、クロトキが人に慣れているのをご覧になって吃驚(びっくり)していらっしゃったのを覚えています。そのクロトキも今は害鳥となるまで増えています。

もし今回のシンポジウムに出席できれば熱帯雨林の話をして、餌の豊富な環境では実は鳥の進化の方法が限られていることを説明するつもりでした。名誉会長まで務めた国際鳥類学会議が東京で開催される時には無理をしても出席するつもりでしたが、これも今は困難です。どうか皆様によろしくお伝えください。ありがとうございました。

カリフォルニア工科大学名誉教授 小西正一

この度は、名誉ある山階芳麿賞特別賞をいただき大変光栄に思います。私がまだ日本で学生だった頃、山階鳥類研究所にとてもお世話になりました。京都で育った幼い日々にめばえた鳥への興味が、その後の欧米での長い研究生活においてずっと私のテーマとなってきました。日本の、鳥類の保護・研究の長い歴史は世界に誇るべきものです。

残念ながら健康上の事情により授賞式には出席できませんが、今回このような賞をいただいたことに心から感謝の意を表します。今後の皆様の研究のますますの発展を祈念します。


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コンビーナーから(前半)

コンビーナー・山階鳥研名誉所長・兵庫県立コウノトリの郷公園園長 山岸 哲

橘川、小西両名誉教授のお仕事は鳥を材料にされたということは共通していますが、研究分野が懸け離れていますので、今日は渡辺茂先生と手分けして進行をさせていただきます。

前半は、橘川先生から学び、現在も研究を進められている、アホウドリの研究で有名な長谷川博東邦大学名誉教授、もうお一方、コウノトリの野生保護に携わっておられる兵庫県立大学大学院地域資源マネジメント研究科の江崎保男教授に講演いただきます。橘川先生が研究された、オーストラリアのヘロン島は珊瑚礁の中にある16ヘクタールの小さな島です。橘川先生は、ここにいるメジロ全部、親はもちろん、子どもにまで足環をつけて、島の全てのメジロの動向を30年にわたって調べられました。お二方に橘川先生から何を学んで、何を考えておられるかをご講演いただきます。

長期野外個体群研究が明らかにすること

東邦大学名誉教授 長谷川博

鳥類は、他の動物群と較べて、長期の野外個体群研究に適しています。まず、足環による個体識別は個体の追跡観察を可能にし、統計的手法によって死亡率の年変動や齢別死亡率・齢別出生率を推定することができます。また、巣を造って繁殖するので、繁殖つがい数や繁殖成功度を確定し、個体の社会的親子関係を容易に調べることができます。さらに、鳥の寿命は短くもなく長くもないので、一人の研究者が数世代にわたって血縁関係と繁殖成功度の関係を追跡できます。

こうした有利さから、鳥類を対象とした数十年間におよぶ長期の個体群研究が世界各地で行なわれ、それらの研究成果は動物個体群の自然制御の機構や進化生態学の理論の形成に重要な役割を果たしてきました。デヴィッド・ラックに率いられたオックスフォード大学の研究チームは、シジュウカラ個体群を70年間近く継続調査し、重要な論文を数多く発表してきました。橘川次郎先生たちは、ヘロン島のメジロ個体群のほぼ全個体に足環標識をして、30年間近くにわたって詳細に追跡調査し、個体群制御の機構だけでなく、社会的順位と生存率、攻撃性と生涯繁殖成功度、攻撃性と体の大きさなどのさまざまな関係を分析し、行動と生態、進化のむすびつきを解明しました。また、グラント夫妻はガラパゴス諸島でガラパゴスフィンチのくちばしの大きさが環境変動に対応して急速に変化することを明らかにし、これによって自然淘汰による進化が実際に証明されました。

長期の野外個体群研究は、進化生態学の理論的研究だけでなく、人間活動の地域生態系への影響や原因の究明、対策の実行、絶滅危惧種の保全にも重要な役割を果たします。早くも1960年代には、広範に利用された残留性農薬の生態系への深刻な影響が明らかにされました(卵殻薄化による繁殖成功度の低下で、イギリスのアオサギ個体群の回復が遅れ、ハイタカ個体群が地域絶滅しました)。近年は、人間活動に起因する気候変動が鳥類の繁殖時期に及ぼす影響(オランダの林で、シジュウカラ類やマダラヒタキの繁殖時期が早まりました)や漁業による海鳥類への影響(スコットランドのミツユビカモメ個体群の急減と漁業との関係、南極海クロゼー諸島におけるワタリアホウドリ個体群の減少とミナミマグロ延縄漁業による混獲との関係)など、さまざまな問題が明らかにされてきました。こうした現実的課題の合理的解決(特定の漁業の禁止や混獲防止のための漁業規制の履行)には長期の野外研究にもとづく集団生物学情報が欠かせません。

アメリカの鳥類保護の象徴的存在ともいえるアメリカシロヅルの回復は、長期にわたる絶滅危惧鳥類の保全の好例です。この種の野生個体群は、1930年代末から個体数のセンサスが継続されてきました。その結果、最も少なかった1941年の16羽から最近の300羽ちかくまで、個体数は指数関数的に増加してきました。今後もこの傾向は続くと予想されます。

ぼく自身は、1976年から伊豆諸島鳥島で繁殖する絶滅危惧種アホウドリ(オキノタユウ)の個体群監視調査と保護研究を続けてきました。残念ながら、無人島に長期滞在することがかなわなかったため、繁殖集団の大きさと繁殖成功度を継続調査しただけで、識別個体を詳細に追跡調査して、生活史生態や個体群動態を解明するには到りませんでした。それでも、35 年間にわたる個体群調査と、並行して行なったクロアシアホウドリ個体群の監視調査(巣立ちひな数のセンサス)から、鳥島個体群の将来をかなり精確に予測することが可能になりました。積極的保護活動の結果、従来コロニーで繁殖成功率が引き上げられ、安定した斜面に新コロニーを形成することに成功し、鳥島個体群は指数関数的に回復してきました。そして、少なくとも今後20年間は指数関数的に増加するはずで、2020年には繁殖つがい数は約1,000組、約6,000羽、2030年には2,000組を超え、約13,000羽になると予測されます。オキノタユウは種の再生への道を歩んでいます。

生物群集は絶えず変化し、毎年、自然の実験が繰り返されています。その変化は長期間にわたる観察資料の蓄積によって明確に捉えられ、短期間の調査から結論を導くことはかえって危険です。そして、しっかりした観察結果の土台の上に生態学の理論が構築され、発展し、翻って野外研究を促進します。また、今後、人間活動に起因する環境の大きな変動が懸念され、生物種の大絶滅が進行中であると指摘されています。そうした変化の芽を早期に発見するためには、長期の個体群研究が欠かせません。それに気づいた時、後戻りすることはできないからです。

しかし、現在、日本の大学では短期間に成果のあがる研究が注目され、長期にわたる野外個体群研究は困難になりつつあります。野生生物を対象とする研究所ならば、多く人々や機関から寄付や助成を受け、腰をすえて長期的展望に立った野外研究を担うことができるでしょう。

橘川次郎の生態学— 行動・生態・進化のつながり

兵庫県立大学大学院地域資源マネジメント研究科教授 江崎保男

著書『メジロの眼』冒頭で紹介されるニュージーランドでのメジロの激しい闘争の情景から、橘川さんは、メジロの形質が群れ生活と緊密な関係にあって、不利な形質が今でも淘汰されつつあるのではないか、つまり進化を目の当りにしているのではないか、と考えました。

順位と体重変化の関係に関する実験の結果、順位が闘争なしに保たれていれば、最下位も十分に餌が捕れるが、頻繁な争いを伴うとき、劣位だけでなく、トップのものもエネルギー消費が大きくなるということが分かりました。さらに禽舎での行動観察からえられた攻撃や服従などの行動を解析して、個体を上位、中位、下位の3段階に分けることに成功しました。

ヘロン島で冬季にどれだけ生き残ったかを上位、中位、下位に分けて比較したところ、上位ほど生存率が高かったのですが、サイクロンが冬の前にやってきた年はそうなりませんでした。サイクロンで多くの個体が死んでしまい、生き残った個体の生き残りに順位が影響しなかったというわけです。

さらに、攻撃組と服従組に分けた解析によって、冬季には若鳥、成鳥双方とも順位の高いものが有利だとわかりました。さらに、冬季に生存率が高い高順位の若鳥は体が大きいことがわかりました。

繁殖成功と順位との関係については、調査した年は高密度年だったので、餌の多い特等地は上位個体がほとんどを占めていて、繁殖成功は攻撃組のほうが服従組より高い値となりました。

親から子への順位、攻撃性の遺伝については、順位そのもの関連では有意ではないという結果でしたが、攻撃性は遺伝するという結果になりました。

年齢による採餌効率の違いを調べると、経験を積んだ3歳以上になると採餌効率がよくなり、群れに入らない個体が出てくること、採餌場所について調査したところ、皆が何でも屋ではなくて、かなりのものが専門家で、どこで食べるか決まっていることがわかりました。

1967年~1993年まで年々の、ヘロン島全個体の齢構成一覧表はすごいデータですが、これによると、年により225個体から483個体が実際にいて、そのうち、繁殖個体数は336±27.3です。標準偏差は小さくて個体数はかなり安定しています。

年を追った個体群変動をグラフに描いてみると、個体数は変動しながらも中心部でまとまる形で安定しています。そして橘川さんのすごいところですが、予想される密度依存過程の存在を、コンピュータシミュレーションで確認されました。増えすぎたときには減らす、減りすぎたときには増やす機構があるということです。

ある年生まれの個体が生涯に巣立たせたヒナの数には大きなばらつきがあり、次世代への貢献は限られた個体によっているのではなく、変異に富んだ繁殖集団が保たれていることがわかりました。

島では分散が制限されており、近交弱勢の起こる可能性が高いので、遺伝的変異性と繁殖集団の大きさを持っていなければ、存続に必要な遺伝的変異を保つことができません。有効集団サイズ(Ne)、これは無作為交配の理想集団ですが、これを推定すると188となりました。繁殖個体数が336ですから、普段から理想集団の1.8倍はあります。しかし、それで本当に大丈夫なのかという話になり、これも集団内多様性の重要性を言っているわけです。

DNA分析から、オーストラリア大陸の東部と西部のほうがヘロン島と大陸東部の差よりも大きいことなどがわかりました。まだ亜種レベルですが、進化は最近起こったと考えられます。

橘川次郎さんの個体群研究をどう見るかですが、まず順位という社会関係に着目し、行動学、生理学、生態学、集団遺伝学をフル活用して情熱的に自然淘汰の証明に取り組みました。それから長い年月にわたっての個体群の変動安定を実証しました。カタストロフに耐える密度依存による安定ということも示しました。さらに集団内のいろいろな多様性を見いだし、多様性による安定機構を示唆したわけです。もう一つは次にお話しするPVAですが、科学的予測による説明責任を遂行しました。

最後に保全への活用ですが、PVA(個体群存続可能性分析)を行うと、使用する個体群動態のデータ年数で異なりますが、25年でくくっても、100年後の絶滅確率が、15%出てくるとされています。

メジロ雌雄の年齢構成ピラミッドがそれぞれ11歳まで描かれています。私どもがやっておりますコウノトリ野外個体群の年齢構成ピラミッドは、まだ最高のものでも16歳で、しかもこれらは大人になってから放されたものです。この先、橘川さんがメジロで描いたものと同じ図を描こうとすると、コウノトリは30歳くらいまで生きますので、そのころ私はこの世にいないだろうと思います。

橘川次郎さんは、動物行動学、動物生態学、その他のありとあらゆる学問を使って非常に重要かつ膨大な仕事をされました。日本人として、世界に大いに誇れることではないかと思います。ありがとうございました。

(注)橘川次郎氏が研究した種はハイムネメジロという種ですが、演者は講演でメジロとして話していることにあわせ、本稿でもメジロとしました。なお、橘川次郎氏は、ハイムネメジロのうち、調査地のヘロン島を含むキャプリコーン・ブンカー諸島産の亜種をキャプリコーンメジロという名称で呼んでいます。

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コンビーナーから(後半)

コンビーナー・ 慶応義塾大学名誉教授 渡辺 茂

後半に入ります。小西先生のお仕事の一つは、小鳥の歌に関するものです。小鳥が歌を歌えるためには覚えなければいけないということはピーター・マーラーと小西先生が実験によって明らかにされたものです。東京大学総合文化研究科の岡ノ谷一夫教授は小西さんの直接のお弟子さんではありませんが、小西さんの研究をさらに進めて、現在では鳥の歌から人間の言語を見るという考察まで深めていらっしゃる、わが国を代表する小鳥の歌の研究者です。

小西さんのう一つのお仕事は、メンフクロウの音源定位に関するものです。人間でもそうですが、音が聞こえてくる方向がわかるのは、耳に音が到着する時間が左右でずれるからであることを、小西先生はメンフクロウを使って電気生理学的に明らかにされました。そればかりでなくて、そのもとになる神経回路、さらにはその神経回路が光学的に遅延回路というものに相当するという計算論的な解明をされました。つまり生理学、解剖学、計算論、その素晴らしいハーモニーのお仕事です。鹿児島大学の内山博之教授はウズラを使って視覚の研究をなさっていますが、電気生理と解剖と計算論が素晴らしいハーモニーを成した研究で、小西先生の仕事が彷彿とされます。お二方に小西先生の研究を発展された方として講演をお願いしました



小鳥の歌と耳

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系教授 岡ノ谷一夫

鳥の歌の科学を始めた人はピーター・マーラー先生で、そのお弟子さんの中に小西先生、私の師匠だったドゥーリング先生がいますので、小西先生は私の学問上の叔父さんということになります。

スズメ、クジラ、ヒトとイヌ、ネコの違いは、前者は生まれつき出せる声以外に学んで出す声があるところです。そして音を学ぶためだけにある神経回路が脳の中で見つかっていて、学ぶための臨界期がはっきりしているのは鳥と人だけということから、私は人と鳥を比べなら、音を学んで出すこととはどういうことなのかを研究しています。

小鳥の歌発達の過程を説明するために、小西先生は鋳型仮説を提案なさいました。耳で聞いた父鳥の歌の鋳型を頭の中に作って、その鋳型と自分が歌う声とを照らし合わせて学習を進めていくというものです。鋳型に合う歌ができるまでは、自分の声を自分で聞く聴覚フィードバックが大切ですが、学習完了後にはそれが不要である、とされたわけです。

私はアメリカ留学から帰ってきて、研究をあらためて始めようというときに、狭いところでも飼えてヒナがたくさん取れることからジュウシマツを使って研究を始めました。小西先生が鋳型仮説にたどりつくさいに、1965年にミヤマシトドを使って行った、耳を取ってしまうと歌がどう変化するかという研究をしました。結果、若い鳥では歌が上手にならないが、成鳥では影響がない、ということがわかりました。これにならい基礎的な実験をやっておこうと思い、ジュウシマツの、歌を学び終わっている成鳥を使って実験をしたところ、歌の構造が壊れてしまうという結果を得ました。成鳥で歌は完成しているのに聴覚フィードバックが必要だったということです。この結果を先生に見てもらったところ、ソナグラムを見せるだけでは駄目で、歌の変化を定量的に示すことを宿題として出されました。この後、私は17年間苦しむことになります。

いろいろやってみて、有限状態文法というコンピュータ言語で使われる表記法を使って、歌の中から歌文法を取り出すことをやりました。その結果、非常に単純なルールでいろいろな歌い方が可能であるような規則をジュウシマツが持っていることが分かったのです。言語学でいわれる文法の階層の中で一番簡単な文法ではあるのですが、鳥の歌文法だというわけです。ジュウシマツでは、歌が複雑な法構造を持っていて、歌の要素の順番を維持するために成鳥でも聴覚フィードバックが必要なのではないかということです。小西先生のおかげで、こういうところに至ったわけです。

ジュウシマツはコシジロキンパラという東南アジア産の野鳥を江戸時代に日本に連れてきてペット化したものです。ちゃんと文献が残っているのですが、歌について特別に人為淘汰をした形跡はありません。にもかかわらず歌が大きく変化しています。両種の歌文法を見ると、ジュウシマツの歌は複雑なのに、コシジロキンパラの歌は単純です。

遺伝と環境を分離して調べるために、ジュウシマツとコシジロキンパラの卵を互いに交換して育てる実験をしました。その結果、コシジロキンパラはきっちり歌を学ぶけれども、ほかの歌が学べないのに対し、ジュウシマツはおおざっぱだけれども、何でも学べるという違いがあることがわかりました。そして、脳の、歌を歌うための神経細胞の集団の大きさを調べると、ジュウシマツのほうが歌に関わる脳の体積が大きいということが分かりました。また、ジュウシマツの中では、複雑な歌を歌う個体は体格がいいということが分かりました。雌は、複雑な歌を歌う雄と結婚すれば、体格がいい雄の健康な子どもができる利点があるわけです。野鳥(コシジロキンパラ)では歌は種を知らせる信号ですのできっちり学ぶ必要がありますが、ペット(ジュウシマツ)ならば自由に歌っても大丈夫で、雌の好みに合わせて歌が複雑になったのではないかというのが私の考えです。

このことを使って、人の言葉の進化について考えてみると、人の祖先も言葉を話す前に、発声のための脳機構が発達していって、小鳥のように歌を歌っていたのではないかということを考えます。そして歌と状況の共通部分が切り出され、対応して単語が生まれたのではないかというわけです。例えば人間が言葉をしゃべる前に、狩りの歌や食事の歌があった。狩りの状況と食事の状況の共通部分は何かというと、「みんなで何かをしよう」という状況が共通している。共通している部分を聞けば、「みんなで何かをしよう」という意味だと次の世代には分かるのではないか。こういうことが続いていけば、歌と状況の相互の切り分けによって単語が生じてくるのではないかというのが、小鳥の歌の研究から考えた人間の言語の起源です。

小西先生も人間の言葉と小鳥の歌について考察されていますが、私は次の世代として、小鳥の歌の研究をさらに徹底的に言語学的に進めて、『さえずり言語起源論』という本で人の言語についても考えてみました。小西先生に示していただいたこの方向の研究をさらに進めてゆこうと思います。

注意の仕組みをウズラに学ぶ

鹿児島大学大学院理工学研究科教授  内山博之

今日は、鳥を使って注意の仕組みを調べているというお話をします。私たちは何かに気を取られて(つまりその場所に注意を向けて)、手元( への注意) がおろそかになることがあります。このような空間の特定の場所に向かう注意のことを空間的注意と呼びます。空間的注意には、詳細に分析する対象を選択するという役割のほかに、目標指向性運動の目標を選択すという役割があります。目標指向性運動とは、目標にぱっと視線を向けるサッケード、目標に手を伸ばす到達運動などを指します。このような目標指向性運動を開始する前には、空間的注意によってある一つの目標が選択されていなければなりません。注意はこれまで主にヒトやサルなど霊長類を対象に研究されてきましたが、まだどのように空間的注意が生成されるかその仕組みはよくわかっていません。空間的注意が採餌行動や捕食者を捕捉する際に必須の神経過程であることを考えると、霊長類以外の動物で注意の仕組みを調べることにも十分な価値があると考えています。

私たちは空間的注意の仕組みを調べる上で向網膜系という脳から網膜へ信号を送る神経システムに着目しています。網膜は環境の視覚情報を抽出して求心性に脳に送りますが、この向網膜系はそれとは逆向きに脳から網膜へ遠心牲に情報を運びます。ほとんどの脊椎動物が向網膜系を持つことが分かっていますが、鳥はその中で最も発達した向網膜系を持っています。この向網膜系は19世紀末にスズメの網膜で発見されましたが、一世紀以上たってもその機能的意義は明らかになっていませんでした。向網膜系は、三つのニューロン、すなわち視蓋IOニューロン、IOニューロン、IO標的細胞が1対1で結合して形成している向網膜モジュールで構成されています。この向網膜モジュールはウズラでは全体で約8,000個あり、各々の向網膜モジュールは網膜上の狭い領域( 視野角2度相当) の出力をスポットライトのように一過的に強める働きをします。さらに向網膜モジュール同士は広域的に( つまり影響する網膜の位置が離れていても) 互いに競合して、強く活動しているモジュールだけが勝ち残り、向網膜信号を網膜に送ります。

この向網膜モジュールがどのようなタイミングで向網膜信号を網膜に送るのか調べるために、覚醒したウズラの頭部運動を高速度ビデオカメラで撮影しながら、同時に向網膜ニューロンの活動を記録しました。解析の結果、向網膜ニューロンは、そのニューロンの受容野(このニューロンが分担する視野内の小領域)がある方向に頭を向ける頭部運動の開始前に,強く発火することがわかりました。それ以外の方向への頭部運動の前には発火はむしろ抑えられていました。この結果は、向網膜信号が空間的注意として機能することで目標指向性運動の目標選択に関与し、その後目標指向性運動が開始されたと解釈することもできます。これを確めるためには、向網膜信号を遮断すると空間的注意が必要な行動がうまくできなくなるかどうかを観察する必要があります。そこで空間的注意の必要な行動として、ウズラに視覚探索課題を学習させました。私たちが行なっている視覚探索課題は、かるた取りの正しい札と他の札のように、タッチモニター上に標的刺激(正しい札)と妨害刺激(他の札)を呈示して、標的刺激を突いたら正答として報酬の餌を与え、妨害刺激を突いてしまったら誤答として報酬を与えないというものです。一個の標的刺激だけが呈示される場合は、たとえ向網膜信号を遮断しても、正しく標的刺激を突くことができました。つまり向網膜信号は、すでに定まった目標( 一個しかない標的刺激) へのくちばしを用いた到達運動そのものには全く関与しないと考えられます。しかし、標的刺激だけでなく妨害刺激も同時に呈示した場合は、向網膜信号を遮断すると標的刺激への到達運動の精度が大きく低下しました。このことは,向網膜信号が空間的注意として機能し,到達運動の標的選択に関与していることを強く示唆します。

既に申しましたように向網膜系は網膜上で空間的に限局した情報を増強するシステムです。視蓋という所の深層には視覚情報などから運動司令を生成する運動前ニューロンが存在し、これらのニューロンが頭部運動や到達運動の制御に深く関与していることがわかっています。向網膜信号によって空間的バイアスのかかった網膜の出力から、視蓋深層の運動前ニューロンによって空間的バイアスのかかった運動司令が生成されて、それによって目標指向性運動の標的選択の精度を向上させているのではないかと、現時点では考えています。

向網膜信号が空間的注意として機能しているのではないかと考えているもう一つの根拠は、向網膜系が大脳からのトップダウン信号と網膜からのボトムアップ信号の双方によって駆動されるということです。空間的注意には、探索のように内的に標的( 注意を向ける対象)を定める場合と、例えば突然点減し始める赤いランプのように、外部からの刺激に反射的に注意を向ける場合がありますが、向網膜系はどちらの場合でも機能することができる構造となっています。

まだ研究ばですが、鳥を使って注意の仕組みを研究するという仕事の一端を紹介させていただきました。どうもありがとうございました。

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総合討論

四人の演者の発表の後、客席からの発言もいただいて総合討論が行われました。

渡辺 演者の方で、これを言い残したということがあれば補足をお願いします。

長谷川 橘川先生がヘロン島で研究を始めてたぶん5~6年後だと思いますが、私が大学院のときに研究室に来られて、メジロの長期研究の展望を非に情熱的に語ってくれました。それを聞いて、私も長く研究をして、はっきりとあることを言えるようにしたいなと思いました。

江崎 生態学というのは、生物の社会学と経済学なのですが、私は社会学がすごく好きで、経済学のほうに属する個体群生態学はあんまり好きじゃありませんでした。今回、講演をさせていただいて、こうすれば面白いというのがよく分かりました。

岡ノ谷 神経科学者というのはこまごまとした仕事が多く本当に忙しいのですが、小西先生から、外に鳥を見に行くことの大事さを教わりまして、われわれもコシジロキンパラの比較研究という新しい展開に至りました。

内山 大学院生の頃に論文を通して小西先生のメンフクロウの音源定位の研究を知り、大変感銘を受けました。おそらく私の研究スタイルに様々な形で影響していると思います。音源の位置情報は、両耳に到達する音の強度差、位相差という二つの情報を元に脳内の計算によって求めなければいけませんが、小西先生はメンフクロウの音源定位のための神経回路を生理学、解剖学などの手法を駆使して解明されました。特殊な能力を持つメンフクロウの研究から脊椎動物を通した普遍的な計算原理を見出したという研究のお手本のような素晴らしいお仕事です。

山岸 小西さんの鋳型仮説というのに合わないと言われたのは、ペットの鳥だけでのことなのでしょうか。

岡ノ谷 私たちは、コシジロキンパラのように単純な歌を歌っているのであれば、自分の歌を聞きながら歌うというのは、そんなに必要ないのではないかと思いました。ところが、コシジロキンパラで聴覚を取る手術をしてみても、やはり、手術後すぐに歌が壊れるという現象が起こりまして、これはペットの特異性ではないということは確認しました。

渡辺 「人は鳥から何をまなべるか」ということについてお願いします。

長谷川 人間は調査をして、鳥が変化したことによって、その変化の原因を知る、そういうことが必要じゃないかと思っています。

江崎 今われわれが注目しなければならないのは、実は個体群レベルではなくて群集レベルなのだと思います。地域の群集がおかしくなることを防ぐという意味で頂点捕食者である鳥の位置というのはすごく大事です。橘川さんのように、あらゆる手を使って、鳥の研究に学びながら人間が学習しないといけないと思います。

岡ノ谷 人間の社会というのは鳥の社会に似ていて、一夫一妻の家族を中心に、その家族の集まりが社会を作っていますから、社会や認知機能、コミュニケーションまで見る上で、鳥のほうがサルなどの哺乳類よりヒトに似ていると私は考えて研究を進めています。どのような淘汰圧の下にどのような社会をつくったかに基づいて、比較研究をすることが大事だという辺が鳥から学べることだと思います。

内山 本当に共通の部分というのは鳥類と哺乳類、たくさんありますので、その部分に着目して、哺乳類にもインパクトを与えられるような研究ができたらいいなと思って研究しています。

山岸 特に長谷川さんと江崎さんは長期研究の必要性を強調されましたよね。どんどん日本からそういう研究がなくなっていってしまっているように僕には思えます。私が提案したいのは、そういう仕事が期待できるのは、大学ではなくて、おそらく山階鳥類研究所とか、人が変わっても、同じテーマをずっと100年も200年もやっていくようなことが必要じゃないかと思います。山階鳥類研究所には、ぜひ長谷川さんの後、アホウドリの同じデータを取り続けるということが大事だと思いますね。

長谷川 それにはお金が必要でしょうから、皆さん、たくさんの方からご寄付をいただければ可能だと思いますが。

岡ノ谷 大学に所属していて思うのですが、いまは逆によいタイミングだと思うのです。短期的な成果を求める研究戦略が生み出した数々の矛盾が、いま特に出ていますよね。なので、むしろ長期的にやった結果、こんなに面白いことが言えるようになったというのを、山岸先生をはじめアピールしていただくと、たぶん文部科学省も動くと思うのです。

会場 橘川先生が、ヘロン島での全てのメジロに全部漏らさずに足環をつけたというのは、どうして言い切れたのでしょうか。

江崎 漏れは、多少はあります。全部見て回って、足環がついていないものが一つもいなければ、それは全部ついていると考えるわけです。

会場 ウズラで向網膜信号を遮断したときに、標的が1個だけなら間違いがないというお話でしたが、もし向網膜系が注意のシステムだとするならば、向網膜信号を遮断してしまうと、標的が1個だけでもできなくなってしまうのではないでしょうか。

内山 向網膜系を壊しただけで、注意に関係する行動がまるで何もできなくなるということではありません。注意の機能の精度を上げて、注意をより適切な対象に向けるのが向網膜系の働きだと思っています。

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