平成15年度山階芳麿賞授賞式・受賞記念講演と記念シンポジウム
「未来にはばたけNipponia nippon朱鷺」

【主催】 山階鳥類研究所  【後援】 朝日新聞社  【協賛】 我孫子市
シンポジウム:(財)河川環境管理財団河川整備基金助成



【受賞記念講演】 新しい生命科学的方法と絶滅危惧種
 
平成15年度山階芳麿賞受賞
 早稲田大学教授 石居 進 博士
 1983年、佐渡のトキ保護センターで雌のシロが、産卵を直前に死亡しました。当時、唯一の雄ミドリは比較的若く元気でしたが、キンは老齢で、アオも健康に問題があって、いずれも繁殖は期待できない状態でした。トキ増殖検討会の中川志郎座長から私に、ホルモン処理でキンに産卵させられないだろうかと相談を受けました。鳥類ではこの技術は確立していなかったので、トキにホルモンを投与することは無意味に感じました。しかし将来、中国のトキやトキ以外の絶滅しそうな鳥に応用できるかも知れないと思い、この研究を始めました。
 まず、繁殖能力について正確な情報を得るために、トキの血液中の生殖腺刺激ホルモンを測定しました。シロとミドリは比較的高く、アオは低く、キンにいたってはもっと低いことがわかりました。第二に、その個体が繁殖できる状態か、また投与したホルモンが有効だったかを推定するために、糞の中の性ステロイドホルモンを測定する方法を確立しました。この方法はトキを傷めずに調べることができます。そして、ミドリの精巣の活動状況を知ることができました。第三に、生殖腺刺激ホルモンを与えて、人工的に産卵させることに取り組みました。これができればキンが繁殖できる可能性が生じます。ついにニワトリの生殖腺刺激ホルモンをつかってウズラに卵を産ませることに成功しました。鳥類では世界で初めてでした。しかし、ニワトリとトキの生殖腺刺激ホルモンの構造にはかなりの違いがあって、トキにはトキ自身のホルモンが必要でした。そこで遺伝子組み換えによってトキの生殖腺刺激ホルモンを合成しました。これも鳥類では世界で初めて成功しました。
 私は不幸にして死亡しても、生きた細胞を残しておけばトキの復活に有利になると考えました。環境庁(当時)にお願いしたところ、研究チームを作ってくださいまして、この技術を確立しました。そして、ミドリの細胞は現在も生きたまま保存されています。この細胞は将来、日本産トキを再生するという大きな夢を広げています。
 人工的に繁殖を促すための技術はいろいろと確立してきましたが、トキで試みられることはありませんでした。現在、保護センターでは中国産のトキが増え、野外に放すという計画が立てられています。その時に日本で中国のトキを放してもよいかが問題になります。DNAを解析し、両者の遺伝的な違いを調べたところ、ほとんど差がなく、遺伝的にも問題がないと考えています。佐渡の空にトキが舞う日を、心から願っています。


【記念シンポジウム】未来にはばたけNipponia nippon朱鷺






●シンポジウム開催の趣旨
 山階鳥研所長 山岸 哲

 今年のお正月(1月4日)の朝日新聞に「佐渡のトキ保護センターでは去年までに飼育しているトキが25羽になった。100羽まで増えたら佐渡の空に放す計画が進んでいる」という記事が載りました。今年はトキにとって重要な年だと思います。その年に石居進博士がトキの研究で山階芳麿賞を受賞され、トキのシンポジウムを開催したわけですが、山階鳥研がこのシンポジウムを行う理由はもうひとつあります。それは山階鳥研の創設者、山階芳麿博士がトキやコウノトリの保護に深い関心を寄せられていたことです。山階先生はトキの人工飼育の知識をスイスのバーゼル動物園から学んできて、資金を世界野生動物保護基金に出してもらい、佐渡にトキ保護センターを作りました。1981年には,野生の最後の5羽が山階鳥研の標識研究員の手によって捕獲され、センターで人工増殖が始まりました。その後トキの人工増殖にかける試みどうなっていったのか、をこれからパネラーの方々にお話していただきます。


●トキのたどった道
 山階鳥研研究嘱託 安田 健

 トキは東アジア特有の鳥で、かつては中国、朝鮮半島、シベリア、ウスリー地方、日本の広い地域に生息していました。注目したいのは、1911年12月に朝鮮半島の全羅北道で渡り途中の数千羽の群れを見たという記録です。当時はたくさんいたことが分かります。
 日本の古い記録を見ていきますと、最も古いのは720年頃編集された「日本書紀」に登場する「桃花鳥」がトキではないかと言われています。そして、平安時代には、伊勢神宮の式年遷宮にトキの羽を奉納したという記述があります。同じく平安時代の「古今和歌集」に登場する「稲負鳥(いなおおせどり)」がトキとされています。江戸時代になると記述が増えて、その中でもトキを移植したという記録が3件分かっています。ひとつは1639年、近江(滋賀)から越中(富山)へ100羽を移植した記録。二つ目は1700年頃、上田主水が安芸の国(広島)に放した記録。これは「モンドガラス」として有名です。三つ目は、1768年に徳島領主が播磨(兵庫)から阿波(徳島)へ放した記録です。
 江戸時代には狩猟は厳しく制限され、鳥獣は守られていました。しかし、明治になると鳥獣に関する法規制がなされず、狩猟が野放しになりました。明治20年に初めて鳥獣猟に関する規制ができましたが、トキやコウノトリは保護対象にならず、明治41(1908)年にやっと保護の対象になりました。しかし、すでに絶滅状態で、回復できないまま昭和に至っています。


●トキの人工繁殖に成功
 前・佐渡トキ保護センター長 近辻 宏帰

 人工繁殖に至るまでにはさまざまな努力がなされました。野生のトキの巣から卵を採ってきて、人工ふ化させる試みもしました。卵を上野動物園に運んで専門家の方々が努力してくださったのですが、卵は孵りませんでした。最後の手段として、1981年に野生の全5羽を捕獲し、飼育下で増やすことになりました。こうして人工増殖が始まったのですが、なかなかうまく繁殖してくれません。ようやく雌のシロと雄のミドリに卵が産まれる直前で、シロが卵を詰まらせて死んでしまいました。その後、つがいは出来るものの卵が産まれなかったり、産まれた卵が無精卵だったりと苦い経験が積み重なり、とうとうキン1羽になってしまいました。
 その頃、中国では飼育下でどんどん増えていました。そして、1999年1月、中国から洋洋と友友のペアが贈られました。キンが長生きしてくれたお陰だと思っています。このペアは2個の卵を産んだのですが、1つ卵をこわしてしまい、慌てて残った方の卵をふ卵器でふ化させて誕生したのが優優です。この時割れた方の卵は無精卵でした。これはトキからの贈り物かな、と思いました。その後、順調に増えて、現在40羽になりました。トキは人間が作った水田という環境を餌場にしています。人間と上手に共生できたトキを先輩にして、私達は野生復帰をトキに恩返ししていきたいと思っています。


●中国のトキの生態
 中国陜西省トキ救護飼育センター主任 席 咏梅

 トキは人家近くの森で繁殖し、水田などの湿地でドジョウ、小魚や昆虫などを好んで食べます。減少した要因には捕獲、農薬の使用による餌の減少、開発による繁殖地と採餌場所の減少、人間生活によりネズミの増加にともなう、ヘビなどの天敵の増加があげられます。トキが容易に捕獲や補食されることや、湿地の生き物に依存していることも要因のひとつです。
 こうした脅威からトキを守るためにいろいろな対策をしています。人間による妨害を監視し、営巣木の下にヘビよけや巣から落ちた雛のためにネットを設置しています。雨の少ない時には水田に水を入れ、ドジョウを放します。農薬も制限しています。巣の下にトキが運んできたドジョウなどが落ちていれば、天敵を呼ばないように片づけます。1987年からはすべての雛に色足環で個体識別して、継続した観察を続けています。もし、巣が放棄された場合は残された雛や卵を保護し、センターに収容して飼育します。このほか、政府は地域住民に環境保護の協力を得るプログラムを立ち上げました。
 過去20年間のトキの個体数は野生個体も飼育個体も増加し、現在野生個体は280羽、飼育個体は300羽です。これは、長年行ってきた保護と管理活動の成果だと思っています。飼育個体についても野生復帰させる計画です。野生復帰には生息環境の回復や、人工給餌や天敵からの保護などの綿密な管理も必要です。そして、地域住民の協力は必要不可欠です。


●野生復帰への試み −コウノトリを例にして−
 兵庫県コウノトリの郷公園研究部長 池田 啓

 コウノトリはトキと同じく湿地の鳥です。戦後、食糧増産のために使われた大量の農薬や水田環境の大きな変化など、人間が豊かになった代償として、トキやコウノトリがいなくなりました。1960年以降、野生個体を捕獲して飼育下で増殖する試みを開始しましたが、トキと同様になかなかうまくいきません。そして、ハバロフスクからコウノトリが贈られて、開始から25年後の1989年にやっと雛が誕生しました。ここからは順調に数が増えて、野生復帰を視野に入れた「コウノトリの郷公園」が1999年に開館しました。
 野生復帰の難しいところは、放鳥と生息環境の整備を同時に進めることです。昨年1年間かけて「コウノトリ野生復帰推進計画」がまとまりました。今、豊岡市では田んぼを中心に地域文化の再発見に動いています。大事なのは、NGOや住民、企業そして行政、研究者もみんな一緒に当事者として、コウノトリの野生復帰を実現しようとしていることです。
 田んぼの生態系は、現在では大きく変わってしまって、コウノトリが棲むには再構築しなければなりません。単に昔に戻すのではなく、アイディアを出し合って現代にあった生態系を作っていかなければならないと思います。


●パネラーの発表の後、総合討論が行われました

トキ保護功労者表彰を受けた
村本義雄さん(上)と

佐藤春雄さん(下)
山岸 山階鳥研では環境省の委託を受けて兵庫医科大学と共同で日本と中国のトキの遺伝的差違を調べました。

兵庫医科大学・山本義弘
 トキのミトコンドリアの全塩基配列を調べてみたところ、結果は石居先生の研究と一緒で日本と中国のトキは同種であろうとの結論に達しました。

山岸 このたび席さんがある知見を論文に発表しました。紹介してください。

 飼育下の繁殖では親鳥はヒナを殺してしまいます。もし、育雛行動が失われていたら野生復帰する際に問題です。しかし、環 境を変えたら、育雛を行うようになりました。これは環境ストレスによることが分かりました。

山岸 コウノトリは 年間で109羽にするのに100億かかったと聞いています。もっと早い時期に絶滅しそうな種に導入していたら、もっと少ないコストで保護が図れたと思いますが。

石居 相談されるのが、後2、30年早かったら私たちの技術でトキを増やせたと思っています。ヤンバルクイナなどは早めに手を打たなければ、トキと同じ運命になります。トキの野生復帰に向けても早めに環境を整備が必要です。

山岸 本日、表彰を受けられた村本さん、佐藤さんいかがですか。

村本
 中国では地域の農民の方々が保護の意識を非常に強く持っています。市民へのアピールや子供達への教育は最も重要です。

佐藤 私はトキが野生からいなくなるとトキの住む環境がなくなってしまうと言いました。やはり現在そのようになっています。トキの反省を踏まえて、トキに続くほかの鳥たちも早く手を打っていただきたい。

近辻 近い将来飼育個体は100羽を越えます。環境省の計画では3、4年後には野生復帰が実行。 年後、かつてトキが生息していた小佐渡地方に60羽のトキを定着させます。

山岸 環境省から一言お願いします。

環境省野生生物課長・名執芳博 トキに続く鳥を出さないよう努力を続けていきたいと思っています。

池田 野生復帰は国だけに責任を負わせる問題ではなく、地域社会も取り込む必要があります。コウノトリやトキを絶滅から救う過程で私達の生活が豊かになれば共生できます。

山岸 石居先生最後に一言お願いします。

石居
 生物に関心のある方だけでなく、いろいろな視点から議論することが大事です。最終的には、人間の世界観や思想の問題だと思います。

山岸 今日のお話しは、トキやコウノトリだけを救おうということではなかったと思います。これら以外の鳥や人間も含めて、どうしたらみんなが幸せに生きていけるか、を考えるきっかけにしていただきたいです。本日はありがとうございました。

(文中敬称略 まとめ・小林さやか)  山階鳥研NEWS 2003年11月1日号より



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