第15回山階芳麿賞贈呈式・受賞記念講演
「鳥から見える地球環境の変貌」


2008年9月23日 有楽町朝日ホール
【主催】 山階鳥類研究所  【共催】 朝日新聞社

【後援】文部科学省、環境省、農林水産省、我孫子市、(財)世界自然保護基金ジャパン、
(財)日本自然保護協会、(財)日本野鳥の会、(財)日本鳥類保護連盟、日本鳥学会


【受賞記念講演】 鳥から見える地球環境の変貌

 平成20年度山階芳麿賞受賞
 愛媛大学名誉教授 立川 涼

 先ほどは山階鳥類研究所総裁の秋篠宮文仁親王殿下から直接、賞をいただきまして大変感激しております。

 1966年に愛媛大学に赴任したときに、化学物質を分析しながら、それを手がかりに環境、生態系を考えようという研究室のテーマを立てました。土、水、空気と生物からなるローカルな環境に化学物質が存在し動いているプロセスを、二次元的に範囲を広げて調べるという視点と、時系列的な推移を見るというふたつの視点で調べてゆきました。

 私どもの研究室が本格的に鳥の分析をしたのは、1972年に環境省から委託を受けた時です。松山市を中心として生息場所の異なる鳥類の有機塩素系化合物の分布調査と汚染原因の究明を行いました。翌年には重金属についての調査委託を受けました。この仕事で、農薬や重金属による鳥の汚染が日本で初めて包括的にわかったわけですが、世界的にもこういう包括的な仕事はあまりありませんでした。この仕事をきっかけに私たちの野生動物の研究の方向が決まったわけです。

 数年の仕事の総括として、有機塩素系化合物の分子量、蒸気圧、溶解度がわかれば、環境中の挙動、生物蓄積での毒性もだいたいはわかると言えるようになりました。

 また生物濃縮でいうと、大気から海水を経て化学物質がプランクトンや魚に入って濃縮するといったあたりまでは生物種による違いがなく、物質の物理・化学的な性質で一義的には決まってきます。ところが高等野生動物になると、生息場所、餌内容、それから哺乳動物ならば妊娠、授乳、加齢、鳥では産卵、孵化、渡り、換羽、尾腺といった種固有の生物過程があって、この中で化学物質の急速な取り込み、排泄、あるいは体内移動が起きて、いろいろな影響も出てくるということで、極めて生物くさくなってくることが分かりました。

 5年ほどの研究をまとめてみると、有機塩素系化合物のいずれも、相当な量が陸から海に出ると考えざるをえないということがわかりました。化学物質の行方を追いかけていて、いや応なしに地球環境問題をやることになってしまったわけです。

 その後、70年代の終わりごろ、韓国の学生さんの面倒を見たときに、改めて鳥の仕事
が復活しました。チュウダイサギ(注)の研究では、韓国の学生さんが繁殖期間中に徹底的な観察と試料サンプル採取をしたのです。変な意図を持たずに、まず徹底的に基礎的なデータをつくろうという考えで、チュウダイサギに関してもいろいろな元素について、臓器ごとの濃度を測っていきました。

 組織の重量割合を見てみますと、成鳥にとって羽根の重量は10%前後なのですが、鳥の総水銀の3分の2は羽根にあることがわかります。その他の重金属も含めて、組織部位別の分布が明らかになりました。非常におもしろいのは、鳥の場合は羽根にさまざまな重金属が大量にたまっていることで、羽根の中の消長で鳥の中での総体が決まってきます。

 トビの初列風切羽が順番に生え替わってゆくとき、最初に換羽する羽根は水銀濃度が高くて、だんだん下がり、末期にはまたちょっと上がります。これは羽根が生えるときに、筋肉中の水銀が羽根に運ばれ、翌年の換羽までそのまま残っているという体内状況を反映しています。換羽というのは水銀については極めてうまい排泄機構になります。

 韓国の博物館資料で古い羽根を使って分析したところ、ウミネコほかで1960年代に水銀の濃度が高い結果が出ました。韓国でも60年代に水稲いもちのために有機水銀を大量に使ったことを反映したものです。

 海鳥の水銀を測ってみますと、クロアシアホウドリは数百ppmの水銀で、普通なら「こんなに水銀があったらとっくに死んでる」という濃度です。海鳥の中のある種の集団、それとイルカなどの海産の哺乳動物では、有機水銀が体内で無機化、つまり無毒化されるのです。

 中部シベリアから日本に渡来するオオハクチョウの鉛中毒死の分析をしました。鉛中毒死したものと、健全なものが事故死したものを比較してみますと、鉛中毒個体も健全な個体も初列風切の鉛の濃度は低いのですが、胸のダウン(綿羽)の濃度は鉛中毒個体だけ高いのです。初列風切羽は繁殖地で生え替わりますが、ダウンは日本で生え替わった可能性があり、この鉛中毒はシベリアで起きたわけではなくて、日本に渡来してから起きたということがわかります。

 海洋の生物で重金属の生物濃縮を調べてみますと、水銀とカドミウムはずいぶん違っていて、水銀はほぼ均一にあるものですから、食物連鎖の数に比例して濃度が上がります。ところがカドミウムはオキアミ、コペポーダ(カイアシ類)、イカなど、特定の生物に特異的に濃縮しています。したがって海鳥のカドミウム濃度はこういうものを食べたかどうかによって変わってくるのです。

 私どもは年齢による蓄積変動に関心があるんですが、鳥に関してはなかなかきれいに出ておりません。イルカの仲間などでは1年ごとの年齢がわかるのですが、鳥は幼鳥と老鳥と中間ぐらいまでで、細かい年齢がわかりません。チュウダイサギの重金属でも、餌から取り込んでは換羽によって排出という繰り返しになりますから、羽根からの排出状態が金属によって異なることで、平衡状態になったり、年齢によってだらだらたまったりすると思いますが、はっきりしません。鳥の年齢判定ができれば私どもの化学物質の蓄積と影響の研究はだいぶ前進すると思います。

 南極のアデリーペンギンの雌雄は繁殖期間中、交代で海に出て採食と絶食を交互に行います。絶食すると体内の脂肪が減り、海で餌を食べてくると脂肪が増えます。有機塩素系化合物は脂肪によく溶けるために、脂肪の量が消長することによって、脂肪中の濃度が劇的に変わってくることを初めて繁殖期を通じて解明することができました。また、アメリカの五大湖の水鳥でヒナの奇形や孵化失敗が多発した問題を私どもで分析しまして、オニアジサシでは繁殖後期に体内濃度が上がって奇形の卵が増えることを見つけました。ダイオキシンやコプラナーPCBと鳥の奇形や繁殖失敗との関係が私どもの仕事でできたわけです。

 渡りと化学物質の関連を見ようと考えて、ハシボソミズナギドリの有機塩素化合物の分析を行いました。渡りの過程で有機塩素は分解されないのですが、脂肪はどんどん分解されるために脂肪中の有機塩素濃度はうんと上がることがわかりました。環境汚染がない場合には、渡りはぎりぎりの条件で成り立っていたわけですが、環境が汚染してしまいますと、不可抗力的に二次的な汚染が加わってきて、渡りの妨害になる可能性があります。

 バイカル湖の複数種の鳥で有機塩素化合物を調べますと、春の渡り鳥の濃度が非常に高くて、秋の渡り鳥の濃度が低いことが見てとれました。繁殖地のシベリアはあまり汚染がなく、越冬地のアジアはかなり汚染をしています。このように、汚染をした場所ではなくて、飛来した繁殖地でもって繁殖に何らかの影響が出る可能性がありますから、モニタリングするときに要注意なわけです。

 有機塩素化合物の蓄積濃度は、現在は少なくとも工業諸国では規制が進んで下がってきています。ただし、なかなかゼロになってきません。たとえば、70年初期に使用が禁止になったPCDやDDTの濃度は、1993~94年に上野の不忍池のカワウで、肝臓中の濃度がヒトの10倍、あるいはそれ以上残っていました。海洋性鳥類の有機塩素化合物を測ってみてもわかるのですが、陸地のさまざまな汚染の対応の結果というのは、外洋ではかなり遅延しなければ効果が出て来ません。そろそろ規制の効果が外洋の生物にも出てくる時期だと思っていますが、まだ明確に確認されていません。

 そういうときに、超微量で起きる環境ホルモンの問題が出てきました。これが出現して化学物質の生態系影響は革命的に状況が変わってきました。この種の仕事になりますと、科学的に立証して、データに基づいて規制をすることはほとんど不可能です。「心配であるならば規制をしましょう」というような予防原則的な方向に考え方を変えなければいけない時代になっていると思います。

 世の中も環境も、単純な問題さえ、視点が変われば判断が分かれます。我々がいま前にしているのは複雑な自然環境にややこしい人間関係が重なったものですから、その全貌を私どもが理解することはほとんど不可能かもしれません。ある種の予見性、あるいはある種の政治的なスタンスが、これから人と生物系を守っていく場合に必要になってくるだろうと思います。

 科学で問題提起はできるけれども科学が答えは出せない、科学者によって答えが違う、そういう問題はいっぱい出てきます。ある意味では科学や技術のシビリアンコントロールといったことさえ必要になってくるのかもしれません。そうなりますと一般市民の科学的な素養が問われるかもしれません。専門家だけに任せていたのでは、このレベルになってくると安全性を実現することはなかなか難しいと考えております。ご清聴ありがとうございました。

(注)チュウダイサギ=日本や韓国で繁殖するダイサギの亜種。

(まとめ・平岡)  山階鳥研NEWS 2008年11月1日号より


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