歴代所長からのメッセージ


「水とともに」2010年1月号(独立行政法人 水資源機構・発行)より

新春対談「ダムと自然」(2)

対談風景

3.自然状態に近い流況に

山岸 ダムなどの施設はどのように管理しておられますか?

青山 日本全国の河川に同じ流れはなく、ダムも同じものはありません。例えば木曽川の中流部にある今渡ダム(関西電力(株))には「木曽川今渡(いまわたり)地点の自然流量」という言葉があります。木曽川筋には治水・利水等のための多目的ダムに電力用ダムも沢山あるわけですが、それらのダムがなかったときの流量を「自然流量」と呼び、河川の管理はこの値に基づくこととしています。例えば、今渡の自然流量が毎秒100立方メートルを超えたときは上流のダムは貯めてよい、毎秒100立方メートルを下回ったときは貯めては駄目などと運用しています。

山岸 そうすると自然流量に近くなるということですね。

青山 その通りです。まさに木曽川は自然流量が毎秒100立方メートルを下回ったら人為的操作を加えてはいけないというルールで運営されています。

山岸 そういうルールは全国共通なのですか。

青山 河川ごとに決められています。例えば、四国の吉野川の上流にある早明浦ダムですが、ダムで貯めた水の一部は香川用水を通して香川県に運んでいますから、その分だけ元々あった量、すなわち徳島県へ流れる水の量は減ることになり、水の管理は難しくなります。

山岸 なるほど。ということは管理されているダムがいくつあるか存じませんが、人間の顔が違うように、ダムの顔も違い、1つ1つ付き合い方も違うということですね。

青山 そうです。おっしゃるようにダムができる前と同じ状況となるようダムに流れ込んだ量(流入量)だけ下流に流すという操作は、ある意味では一番簡単なのですね。ダム貯水池の水位を一定にする操作をしておけばいいわけですから。しかし、ダム下流河川の流量が減った場合は下流ユーザーからダム貯留水による補給の要請もあり、水の使い方には様々な条件が関与してきます。

 また、河川には、常に一定量の水が流れる場合より、変化ある水量が河川環境には優れていることもわかってきました。

山岸 一昔前までは、川を堰き止めると生物の移動を止めるから、ダムはいけないという視点で見てきたのですが、ただ水を流せではなく、流れる量の変化、つまり自然状態に近い流況が川には必要だということに最近気づいてきたということですね。

 ダムの悪い面として上下流を分断して河川生態系の連続性を損なうことがよく挙げられていますが、同時に、流れを平坦化させるというか、中小洪水が減少しているというようなことも挙げられていますね。ですから、僕は洪水調節の技術をさらに工夫して、自然流況に近いようなメリハリをつけた流し方ができないかなと思っています。

 先日、水機構の環境室の方とお話ししたら、積雪地帯のダムなら、可能性があるということでした。というのも、雪そのものが「第二のダム」になっているわけですよね。ダムの側としては、積雪量を調査することにより春に融け出してくる水の量がある程度予想できるからというのです。人間の家計ではないけど、入ることが予想できればその分は前もって出すことはできます。そういう原理で全部とまではいかなくとも、ダムがないときの流況に少しでも近づけることができるのではないでしょうか。

青山 積雪量があり春に溶け出してくる水の量が予測できれば、冬の間、ダムによる放流を流入と同じにしておけばいいということですね。雪の多い地域ではそういう工夫もできるかもしれませんね。

山岸 ええ。僕が一番おもしろいと思うのは、現在の情報収集の技術があると、ダムがなかった場合の1年間の流量の変化と、それがダムを造ったことでどう変化していくかが分かるということです。それを応用してどういう流し方が生き物にとってよいのか分かるようにならないかなと思います。僕は素人ですので、専門家の水機構さんには是非そういう努力をしていただきたいと思います。

青山 そういうものの見方も加えて、新たなダム操作を考えていきたいと思います。

山岸 是非お願いしたいと思います。

4.事業者にとって大切にすべきものとは

山岸 僕は猛禽類の保護は大事だと思っていますが、猛禽って少ししかいない、生き物の中のエリートだと思うのですね。だから僕は生き物の中の庶民である、スズメやカラスのような普通の生物にも目を向けた環境管理もしてほしいといつも思っています。

 好き嫌いかどうか分かりませんが、僕の大学の卒論はカラスです。その次に研究したのがホオジロで、次がモズです。全部ありふれた鳥です。研究者の中には稀少な鳥の研究を好む方がいらっしゃいます。僕の先生はまさにそうで、ライチョウなどが好きでした。その影響もあったのでしょう。僕はもっと普通のものをやりたかったのです。 

 だから、クマタカやオオタカなどがダムの建設予定地内に生息しているからダムを造ってはいけないという論理には抵抗感があります。そのダムの周囲に猛禽類の番が連続してたくさんいるときには影響は小さいですが、逆に、その周辺に非常に番が少ない場合には影響が心配されます。そういう考え方をせずにダムを造るところに猛禽類が生息しているというだけでダムの計画自体が左右されるのは「王道」じゃないと思うのですよ。

 クマタカがいようといまいと必要なダムは必要だし、逆にいなくとも必要ないダムは必要ないのです。まして、そのダムが必要かどうかを決めるのは鳥類学者じゃないと僕は思います。それなのにこれまで、下駄を預けられてきたような感じがしないでもないので、クマタカやオオタカさえ解決できれば良いという風に間違われそうな時期がありましたよね。いずれにせよ、猛禽類の保護はたくさんのファクターの中の1つにすぎません。これからはそういう見方を是非していただきたいと思います。

青山 猛禽類がいるかいないかを非常に気にしているところはありますね。

山岸 ダム屋さんの王道の論理は猛禽類がいるかいないかではないでしょう。そのダムが社会にとってどのくらい必要かどうかです。きちんとそういう論議をしていけばダムを建設する時の問題も少なくなるのではないでしょうか。

青山 ダムが社会にとってどれだけ必要かという観点とともにもう一つ重要なものは、水没地権者の方々にそれを十分にご理解いただくという観点です。水没地権者の方が「うん」と言ってくださらない限りダムはできません。

山岸 確かに一番大事なのは地権者の方々のお気持ちでしょうね。ただ、一方では、その地域の自然は下流に住んでいる人にとっても大切なものではないかと思います。このあたりは難しい問題だと思いますが、ルールを作り意見が言える仕組みがあると良いと思います。



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